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 Digital[な]空間 ― 移ろいゆく現象世界に歩みをとどめつつ

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本日お陰様で、遅ればせながら10万回のアクセスを突破致しました。
更新遅延がちなブログですが、皆様のおかげと、心より感謝申し上げます。_(_^_)_

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  1. 2013/11/28(木) 17:39:18|
  2. 街の情景 Occident
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ハンナ・アーレント Hannah Arendt の鑑賞

Heidelberg : 映画にはヤスパースは出てこなかったけれど、マァ、いいか……

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岩波ホールで単館上映をしている映画『ハンナ・アーレント』(監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ セテラ・インターナショナル)を鑑賞してきた。(以下、アーレントはアレントと表記)

忙しくて行く時間が持てなかったので無理かなぁと諦めつつ、新聞に盛況で入場できないとの記事が載り、「まだやっている!」と意を決して出発した次第。

アレントの著述は何冊か持っているが余り目を通していない。

全体主義・ファシズムなどをどうとらえたらよいのか気になってマークしていたのだが、晦渋な文体であるにはあるのだけれどもそれとも少し違う、評論でもない、哲学・思想でもあり、当事者・被害者でもあるという一種独特の思考方法に仁屋番頭が腑に落ちない箇所が多く、飲み込めないのである。

それでも仁屋の中の方程式は次のようなものである。

全体主義の起原)(イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さ)=悪の起源

全体主義が、帝国主義の時代、前時代の国民国家崩壊の要因となったという点は卓見だが、それが反ユダヤ主義にまで結びつけられる必然性はあるか?

日本も明治維新後以降一足飛びに西洋の近代市民社会を受用し全体主義の霧に覆われてしまったが、ここに反ユダヤ主義は導入できない。かといってそこに構造主義的な議論の展開が期待できるわけでもない。全体主義の悲劇から、帰納していった事柄を、逆に演繹的に位置づけてしまっているだけのような考え方に、ホロコースト当事者の主観という位置づけしか見えないのである。

母語の問題は18世紀以来のインド=ヨーロッパ語族の観念に基づく、今日ではあまり認められない当時の教養に属する部分であるし、「最後に残る思考/思想」はV.E. フランクル著『夜と霧』にも認められる。もしかしたらホロコーストを経験したドイツ系ユダヤ人が共有したソースがあるのかも知れない。

アレントは、ハイデガー師事の時代はともかくとして、亡命後の経歴の最初は新聞のコラム記事を書いて生計を立て、最後はアカデミックな領域での地歩を固めることになったと記憶していたが、映画では終止哲学者として描かれていた。思想に分野の垣根は必要がないが、いだいていたイメージとはやや異なった。哲学者と翻訳せず思想家としてくれた方がまだピンと来る。映画は英語とドイツ語が飛び交っており、劇中の登場人物も聴き取れないと言っていた。

1960年、手配中のナチのSS将校アドルフ・アイヒマンが、潜伏中のアルゼンチンの路上で、イスラエルの諜報機関モサドによって、拉致同然に捕らえられるところから物語は始まる。――アレント54歳の年である。彼女はこの 9 年前に、『全体主義の起原』によって第三帝国を西洋文明の中に位置づけることに成功し、すでに著名であった。プリンストンやハーヴァード大学の客員教授を経て、1959年にはハーヴァードの専任になっている。――

アレントはイスラエルで行われるアイヒマンの裁判に、雑誌『ニューヨーカー』に掛けあい、特派員として傍聴に行く。その報告は『イェルサレムのアイヒマン ― 悪の陳腐さについての報告』として連載され、やがて一冊の著作として刊行されることになる記事である。この記事は大きな疑義を呼び、シオニストやイスラエルの同胞に問題とされ、ひいてはアメリカの読者をも敵に回した。これをきっかけとして、人生の労苦を共にした友人たちを次々と失っていったという。

映画では多く語られないが、ハイデガーは戦後、自己のおこした現実社会での問題に固く口を鎖したままにおわり、劇中のアレントは、彼女に対するバッシングに見解を述べ、向き合うことを決意する。よくできた脚本だ。

第2次世界大戦でのユダヤ人迫害の悲劇から、亡命後のひとかどの地位……映画は、ようやく得たパラダイスでも安息を約束されなかった後半生を描いていた。人は何かを成し遂げるためには多くの犠牲を必要とするが、彼女の歩んだ人生は、一人の人間のものとして過酷すぎる。

暗い時代
  「彼は私が暗い時代に戻るのを恐れているの」
・友人
  「家族は神から授かる。でも友人は自分で選べる」
  「一つの民族を愛したことはない……私が愛するのは友人」

・人間より強いもの
  最晩年、ブロッケに語ったという言葉。恐るべしハイデガー
――とりあえず彼女の啓蒙をうけるいくつかのタームは獲得した。

映画館内でもそれらしき人物たちが席を占めていたが、彼女の「大衆社会」というものを思い出した。そこにいたわれわれは、彼女のいう大衆化された衆愚かも知れない。

もっと多くの劇場で見られるべき作品。あぁ、人間は悲しい。

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  1. 2013/11/22(金) 11:39:42|
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2011年 弥生の肖像

【München 冬の写真ですが】

東日本大震災――
福島では原子力発電所が被災して、2 次災害の体をなしてきた。

首都圏の電力を担ってきたこの原発の被災により、首都圏周辺では計画停電を実施中である。
仁屋番頭のいる東京 23 区では一部地域を除いて停電はない。仁屋もこの恩恵にあずかっている。

それでも節電のために暖房もつけずに毛布を被って生活をしている。
ブログも更新しないでいる。

ドイツ人の友人からも心配のメールが届く。
地震がない ? 国のせいか、ハリケーンとかだと思っている人もいる。そして心配の中心は被曝の方にある。
一応「こんな状況ですよ」の内容を書いて返事をする。PCの電源も小まめに切っているくらいだから、メールも手早くサッサとする。

ドイツはだいぶ以前に脱原発を宣言していたから、もうほとんどないのかと思ったら、7基が稼働していたらしい。そのことに驚きである。国全体としては否定的であるという。今度の日本の事故を契機に、稼働を一時的に停止したとも報道された。

またわが国でも化石燃料を燃してエネルギーを得ることの反省をしていたはずが、今回の震災で、やはり被災地の人々が訴えたのは灯油やガソリン、電力であり、ここに立ち戻らざる得ない現状を目の当たりにし、もどかしさを感じている。
かくいう仁屋番頭も昔電気に頼らない生活を経験していたはずが、暖房ナシでは少々つらくなってきた。被災地の人に遥拝しながら、チョコチョコ使用している。

そして不思議なことに、わが国では脱原発の声も聞かれない。――まだまだこれからのことなのか……。

ドイツの友人たちには、「ドイツ人のように大人になれない日本人です」と文章を結んで返事を返している。

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  1. 2011/03/27(日) 14:13:01|
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大天使ガブリエル降臨

ドイツからガブリエル君がやってきた。
それでここ数日間、彼とマンツーマンでいろんなことを教えてあげた。

【チロル地方:ドイツ側】

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彼は昨年ドイツ行きしたときの、あちらのスタッフではないけれども、一緒に技術の習得をしたいというので参加した参加者の1人である。

先方の法人からは「自分の所の関係者ではないし業務外だから相手にしないでよい」との連絡がきたが、折角頼って日本までやってきたのでこちらも失礼のないように、なるべく要望に応えることにした。

そしていよいよ今日、帰国の日となり成田まで送ってあげたが、道中のスカイライナー車中でパスポートを見せてくれた。そこにはガブリエルという名前はない。

理由を説明してくれた。
彼らはファーストネーム、セコンドネームのほかに、クリスチャンネーム、さらにファミリーネームというのが別にあり、ガブリエルはファミリーネームなのだそうだ。(ふつうはセコンドネームがファミリーネームのような気がするが、違うらしい)
しかも天使ガブリエルは聖母マリアに受胎を告げにきた天使なので、4大天使の中でも位が高く、自分たちはその名前を誇りに思っている、という話だった。

普段は学校でラテン語の教員をしている。

ドイツ人は小学校を卒業すると一度就職し、手に職を持つ。男女問わず何らかのプロフェッショナルの資格を持ちはたらくのが当たり前だという。私の母や Mrs.仁屋がなんの技術的資格を持っていないことを驚いていた。

ちなみにガブリエル君の奥様は、機械式時計のマイスター資格を持ち、彼の腕には結婚するときに送られた――やや使い込まれた――オリジナルの機械式時計が光っていた。最近はロレックスとも契約を結んでいると、それも誇らしげに語っていた。

いろいろドイツ人の文化と社会を教えてくれて有意義な数日間だった。

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  1. 2010/10/23(土) 21:14:51|
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Cold Evening II

【München】

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久しぶりに UBA 氏に会う。
彼もドイツ病の患者になったようだ。

次はいつ行くんですか。行きたくてしょうがないんです。
今度の羽田発の国際線、夜の便に乗れば、ウィーンでもドイツでも朝着きますから、着いたその日から有効に行動できますよ。

そんなタフなのは、UBA 氏くらいだろう。

早いもので、もう1年たつようだ。
つい4、5ヶ月前の話のような気がする。

彼の地はもう寒いのだろうか。
冬の足音が聞こえるようだ。

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  1. 2010/10/13(水) 16:23:27|
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FIFA ワールドカップ・サッカー 2010

2006年、ドイツで開催された FIFA ワールドカップのミュンヘン競技場 アリアンツ・アレーナ Allianz Arena 通称タマネギ。ラートハウスもあだ名はタマネギ頭だったような……ネギ坊主か、あっちは……

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Model携帯電話 車窓から


サッカーと呼ぶべきなのかフットボールと呼ぶべきなのか……それほど仁屋はこの手のレクリエーションには普段関心がない。

でも今回のワールドカップはデンマーク戦で日本・化けたなぁと感じました。
ゴールキーパー――川島――も、ようやく世界水準の選手が出てきたなぁ、と感じいっている。

2006 年にドイツに行ったときには丁度 FIFA ワールドカップ・ドイツ大会開催の年。
開催中に会社が倒産してしまった大会記念マスコット「ゴレオ 6 世」を入手すべく奔走したが
100629_03.jpg
不人気だったゴレオ 6 世クン
すでにどこにもなく、間違ってバイエルン模様をしたライオンのぬいぐるみを購入してきてしまった。それがこれ↓
似ても似つかない

今晩は決勝トーナメント、パラグァイ戦。一応楽しみにしています。

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  1. 2010/06/29(火) 17:45:36|
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◆ 何を思ったのか、突然デジタルカメラを準備してブログを始める
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