
Nikon F100
Manual f3.5 1/25 RVP100
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6G 28mm域付近
Manual f3.5 1/25 RVP100
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6G 28mm域付近
ブナの森の葉隠れに……シューマンの歌曲
宴ほがいにぎわしや。松明赤く照らしつつ……
『流浪の民』冒頭の一節
どこか仄暗い曲調と歌詞のイメージから、鬱蒼とした森を想像する。

Nikon F100
RHPIII
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6G
数えるほどだか私が何度か訪れたことがあるのはドイツ西南の国境付近の森RHPIII
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6G
思っていたほどには暗くない。シュヴァルツヴァルトになれば話は違うだろうけれど……
ものの本によれば日本のように下草が生えないから、ドイツの国のブナの森は日本のそれのように陰鬱な暗さはないそうだ。むしろ気候のようにサッパリとしてわりと明るい。
草原には野生の鹿がいる
話しには聞いていたが、実際に出くわしたことはなかった。
写真中央に写っているのがお分かりいただけるだろうか。
朝方のことだった。

Nikon F100
P-AE f3.5 +2/3補正 RVP100
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6G 24mm域付近
P-AE f3.5 +2/3補正 RVP100
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6G 24mm域付近
たとえ明日世界が滅びようとも、今日私はりんごの木を植えようとは、ルターのセリフとされている。
ドイツ全土を荒廃させた三十年戦争が起きるのは彼の少し後のことであり、ドイツの森はすべてこの後植林した物だということからすれば、やや話ができすぎている感がしなくもない。
しかしルターの上の言葉は真偽をこえて私の胸を打つ。
私が見てきた森も、おそらく人工的に植林されたものであろう。
明日の命が儚くても、今日為すべきことを為さなければ、次の一日はやってこない。
今目に見えている世界がすべてではなく、私も、私がいるこの一瞬も、私の知らざる縁にはぐくまれ、遠い過去からの積み重ねによって生じたものである。私の行いもまだ見たことのない、遠い、いまだ来たらざる時の人々に関係しているに違いない。
私も生涯、樹を植ゆる人でありたい。

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