
Sony DSC-R1
processed RAW material by Image Data Converter SR
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チェコというと、「プラハの春」や1989年の「ビロード革命」により自由化を果たした国という印象が強い。それはつい最近まで社会主義国だったという見方を私たちに植え付けてしまう。
というのは、実際に行ってみると中国に行ったときと同じような感覚が呼び起こされたからであるが、これはチェコが旧社会主義国の体制をいまだ脱しきっていないせいなのか私の先入観なのか、自分自身よく分からないでいる。恐らくその両方なのだと思う。
妙に砂っぽい街、トラムのチケット1つ入手するのにもその場でどうにもならない融通の利かなさ……

お陰でただ乗りをしてしまったことは内緒の話に属する部分であるが……。
プラハ城を北辺にして、マラー・ストラナ、旧市街・ユダヤ人地区、新市街と南に見てゆくのが案内書の見せ方。
私どもは旧市街に泊まる財力はないので、案内書にはないプラハ城の裏手(ということは、さらに北側)、旧官僚たちの居住区にある宿に泊まる、というこれも定番の手法(ほか、新市街に泊まる)。従業員の応対も、精一杯不慣れなサービス精神を振りまいての様子が伺えるが、いかんせん施設・設備が追いついていない感じ。
旧市街などの観光地は灯りも点って夜景が綺麗だが、こちらの居住区は照明もそれほどなく、とにかく暗い。その真っ暗な店の中で仕事帰りのサラリーマンたちはビールを飲み交わして談笑している。こんな所も中国そっくり。
終業時間は何時なのだろう、大型スーパーは夜の9時だというのに、仕事帰りの若い人たちで賑わっている。
宿の高層階からさらに北を眺めると、数キロ離れて取り囲む丘陵には団地群が林立している。旧役人たちは、自分たちは城の近くを陣取り大衆は都の外に追い出したのだという。振り返れば日本も同じだということに何げに気づく。

写真は午前6時半頃から7時半頃まで、通勤・通学の時間帯。ゴミ箱を撮っていたら通行人の目が点になっていた。

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チェコはビールが美味しいことで知られている。
ビールだけではない、料理もたいそう美味しい。
日本を発つ前には「ドイツはどんな料理が美味しい?」と尋ねられた。(チェコの話題中恐縮だが、ドイツに行くのが主たる目的だったことをお断りしておく)
ドイツはもともと味覚音痴の国で知られている。特に私が行くところはチロル地方に分類される田舎の村。パンとチーズと多少のハムしかない。勿論、それにビールとワインくらいはある。いつも仕事が終わって帰国途中、都会の街が徐々に近づくとパンやハムの種類も増え、ソーセージが加わりだし……という感じである。ただしパンだけは滅法美味しい。ルターが夕べの祈りに「今日のパンをありがとう」というようなフレーズを入れたのがよく頷ける。そして質問されるたびにそういう風に応えることにしている。
それと比較してよく話題にでるのが、ウィーンはドイツに対して料理が美味しい、という風評である。それを期待してウィーンに出たこともあるのだが、ドイツとどっこいどっこいである。
まぁそんなことを感じていたので、チェコも旧ハプスブルク帝国の一員、ウィンナーシュニッツェルもヴェブショヴィー・ジーゼクとかいって、郷土料理として定着している。食事も滞在中色々な種類を口にすることになるだろうから、比較のために一度くらいはこれを注文してみる。
美味い!
の一言である。本家?のウィンナーシュニッツェルなど目ではない。三度三度の食事はどれをとってもドイツとは比較にならない。日本人好みの味覚といったらよいのだろうか。「味覚音痴はドイツ語圏」ということを逆説的に決定づけてしまうような食事であった。
もちろんビールも美味しい。普段アルコールは口にしない仁屋番頭、特にビールは苦手であるが、その私が飲めてしまう。
物の本によれば、冷え具合・保存具合をいうのに保存しておく階段の段数で言い表すそうだ。6段目では温かいし、8段目では冷えすぎ……。行く前に一夜漬けで覚えた生半可な知識で
このビールは何段目?
と尋ねると、ガイドさんなど現地にいる人たちはキョトンとする。「一体何のことを尋ねているの」と聞き返されて2、3言葉を繋ぐと、「ああ、映画や案内本によくある説明ね」と、ビールの保存を階段の段数でいう人や場面に出会ったことはいまだかつて無いという。映画の影響もあっておふざけ混じりでやっていたことはあるけれど……という返事であった。
写真は旧市街の広場にある飲み屋さん。案内書にある名の知れたところではないが、ここら辺の店の経営者はだいたい同じだそうです。

飲みかけの写真でまたまた恐縮ですが、ここは各段に美味しいビールでした。プラハではなくチェスキークルムロフの「Krale Jiriho」(チェコ表記ができませんです)。ここで造られた地ビールだとのこと。

唯一ドイツが誇るパンも、チェコは勝るとも劣らぬ味。チェコを先に観光してドイツに入るというコースを起てたのは私自身なのだが、強烈な先制ジャブを喰らって「私のドイツの立場がない」という思いに駆られるチェコ旅行でした。

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MIYAVIX の PDair に容れて。銀のステッチがとてもお洒落である
MIYAVIX の PDair に容れて。銀のステッチがとてもお洒落である
デジカメを携えて旅行に行くのは初めてである。
必要と考えたのは
1. メディアの増強 2. 小型の三脚 3. 外部ストロボ
三脚はマンフロットの「 709B 」というモデルが以前から気になっていた。こういう時でないと機会を失うのですぐ購入。荷重量も付属の自由雲台 482 は 1 kgまで、 DSC-R1 は一応大丈夫。高さを稼ぐポールつきのものにしたのは後になって正解だったと思っている。
外部ストロボは、今後発展性のないこのカメラ( Sony Cyber-shot DSC-R1 )のために用意するのは無駄だと判断した。
さて、幸いメディアは価格が相当下がっているのでこれは多少買い増しした。
ほかにはフォトストレージ、今後も必要になるかと考えエプソンの「 P-4000 」を考えていた。しかしながら要はハードディスクを持って歩くようなもの、ディスプレイが必要なのか、必要ならば小型のPCを購入した方がいい。またカメラがソニー製、ソニーのストレージ「 HDPS-M10 」は耐衝撃設計をうたっていて、海外旅行における荷物搬送の粗雑さを考えるとどう考えてもショックに強い方がいい。ショップに行って尋ねると耐衝撃となっているのはソニー社製品だけということだった。
これに今ひとつ乗り切れないのは扱えるメディア。
CF はいいとして、ほかにソニー独自のメモリースティック用のスロットしかない。対するエプソンは CF スロットのほかは SD カード。汎用性を考えるとやっぱり P-4000 に後ろ髪を引かれる。そうこうしているうちに某カメラ店が P-4500 の発売にともない型落ちの P-4000 を安価で底払いすることになったらしい、メールが入る。こんな事情もあり手持ちのバッグにはエプソンのフォトストレージが鎮座することになって、すでに半年ほどが経つ。
簡単な造りのポーチが付属しているが、 MIYAVIX という会社から PDair という P-2000 と共用の革ケースが発売されている。無駄とは分かっていてもこういう小道具1つで旅も楽しくなるから、ついつい注文してしまう。感触や取り回し具合はなかなかいいが、スポッと容れて留め具も何もない。結構ズルズルずれてしまうことだけが難点。電卓のケースみたいにちょっとした配慮で防げるのにそれをしていないところが玉に瑕。
バッテリーも予備にもう一本用意した。
さて実際に旅先で使用してみると、もちろんカードの残量を気にせずRAWファイルでビシバシ撮れるところがいい。バッテリー 1 本で 1 GB の CF を 16 回読み込みできる。手持ちのカードは 2 GB を主体にしてあるので 2 本のバッテリーで 16 回ほど保存作業をするとパーになる計算である。したがって最初のうちはなるべく保存データを再生しないで……という方針だった。
ところが旅は道連れ世は情け、道中も終わりに近づけば「チト見せてくれ」という話にもなり、こちらも気が良くなっているので「あいよっ」という始末。帰国も近くなってきたのに1本目がようやく使い終わる程度。再生して多少ご披露もすれば、メディアの予備がない友人の分も保存してあげて喜ばれる。
予備1本で心配だったが、以上のように今回のケースでは充分間に合った。(今回は渡航の目的上、カメラをそれほど使用できない日があったからでもある)
ディスプレイの表示は遅いとの世評である。たしかに DSC-R1 の 1000 万画素超の画像は大分待たされる。しかし 1000 万画素以下の普通のデータは気にならない程度。
最後にオチ。
帰国後、空いている時間にデーターの編集をしている。「P-4000」に AC アダプタを挿しっぱなしにして使わないときは電源をオフにしてそのまま机上に置いてある。先日ついコードを足に引っ掛け、1mほどの高さから宙を舞いプリンタやらなにかに当たり跳ねながら落ちた。「衝撃に弱いハードディスク」という概念が頭を駆けめぐる。
電源をオンにする。一応何ごともなかったように作動する。
その後今日までは通常の作業をこなしている。図らずも耐衝撃性もそれほど心配する必要がないことが証明?された訳である。(寿命を縮めたのかどうかは今後の結果待ち。恐らくそのときまでには違う製品を使用していることだろう)

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マッチ売りの少女と見まがうような光景
人々が素知らぬふりをして通り過ぎるたびにやるせなさを感じる。
プラハの街ではチケットを売る女性が、時代的な衣装を着てコンサートのチケットを売っている。古い案内書を見ても同じ柄・同じデザインなのは、なにか由来でもあるのだろうか。
【旧市街】

強制バトンだそうです。初めて聞きました。恐らくこの問いの答えを自分のブログに書きこめば好いんだと思います。違っていたら誰か訂正して下さい。
■今、どこにいる?
もちろんパソコンの前
■今、一番近くに誰がいる?
フクロウのぬいぐるみ。いろんな人に色々もらったな。なぜか皆フクロウ。
■今、どんな服装?
ランニング。
■今、何食べたい?
カップヌードルが食べたい。
ここ1年ほど食べていないかな
■今、何飲みたい?
甘い飲み物がいいな。そろそろ糖尿病を気にしなくては。
■今、真後ろには何がある?
ガラス戸
■今、まわりを見渡して、いちばん目についたものは?
Delphi付属の言語ガイド
■今、誰に会いたい?
昔ついていた指導教授
先生、ボクの存在は何だったんでしょう?
■その人に今伝えたいことは?
上掲の通り
■今、一番歌いたい曲は?
○音懺○
■今頭の中でパッと思い浮かんだ言葉もしくは台詞は?
不思善不思悪
■今の体調は?
お腹の調子がちょっと
■今どんな気持ち?
こんなことしている場合じゃない、と少々焦り気味。
まだお仕事の途中でした。
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読み返して内容に若さがありませんね。ダメだこりゃ。

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ミュンヘンの空はこんな感じでした。
数年前に新搭乗口も完成し、今回私たちが乗り継いだのはどちらかよく分かりませんが、ルフトハンザ機ばかりがならんでいました。
その中で白と緑に縁取られた機体 Air dromiti という一群がだけが許されたかのように陣取っていました。 Lufthansa のロゴも小さくいれられています。英語も通じないフライト・アテンダント。どこの国のどういう系列の航空会社かと思っていたらイタリアだそうで、ルフトハンザと提携して乗り継ぎ便を提供しているとのことでした。(そういえば現在イタリア領で、旧ドイツ語圏南チロルだったドロミティという地域がありました)
今回はあまり実感できませんでしたが、ドイツの空港は環境保護先進国な事だけはあり、飛行機の離発着時以外は照明は落としてあり、その時間になると職員が自転車に乗ってやってきて灯りをつけるなど、待ち時間の間も注意して見ていると面白いことが多々あります。(今考えてみるとフランクフルトだけかも。ほかではあまり見なかったかもしれない) 新聞も山積みになっており、コーヒー・紅茶もセルフサービスで無料でおいてあります。コーヒー一杯飲むのにも高い料金を支払わなくてはならないどこかの国とは大違いです。

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イザール門をくぐってマリエン広場に向かうところにこの建物がありました。
どこから登るのか知りませんが、若者が屋根上で楽しそうに語らっています。ちょっとお年の仁屋番頭は加われそうにありませんので遠慮しました。
ハレ切りをしませんでしたのでゴーストが派手に出ていますが、変わった出方をしています。フレアやらゴーストの入った写真は好きな方ですが、これはちょっと使えませんね。


ヨーロッパに行って来ました。(チェコ〜ドイツ)
半分仕事で半分観光です。

南ドイツ国境沿いの牧歌的風景
仕事が終わったらのんびり行きたいところを回って帰ろうかと思っていたら、自分たちも観光したい、連れてけという人もいるので、仕事仲間の理解を得てツアーを組んでしまいました。
幹事で疲れましたが、皆さまにはご満悦いただけた様子。嬉しい次第です。
写真交換会・茶話会などの機会もなさそうなのでWeb上にアルバムを作りました。
左のリンクから飛べるようにしましたので、ご笑覧下さい。





