
Sony DSC-R1 1/125 F8 -1.0EV Av 46mm ISO160 WB:太陽光
processed RAW material by Image Data Converter SR(コントラスト:-20 彩度:-20)
昔読んだ写真本の、八坂の塔と張りめぐらされた電線のコントラストについては、以前記述した。
この度念願かなってこの地に詣でることができた。記憶の隅のその写真は望遠で表現していたような気もするが、定かではない。
華やかな色調の私のカメラは、古の都のわびた風情を写しとるのには向いていない。
コントラストと彩度を押さえて、往時の写真への私なりのオマージュ。

DSC-R1 1/200 F8 -1.0EV Av 26mm ISO160 WB:太陽光
processed RAW material by Image Data Converter SR
processed RAW material by Image Data Converter SR

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IXY DIGITAL 400
右は マニュアル・-1EV にして、甲羅の折り込みを撮し込みたかったのですが、分かります?
仁屋番頭、実はオリガミ好きであります。ここんところしばらく折ったりしてませんが。
幼少の頃、巨匠吉澤章先生にお言葉をかけていただく機会があり、ご著書にサインまで戴き、一応吉澤フリークのつもりでいます。最近ではオリガミ作家の川畑祥子先生とも懇意にさせていただいていて、しょっちゅう一緒に出かけたりしています。一緒にオリガミ折ることは……ほとんど無いな。(笑)
近年ではDr.R.J.ラング氏の作品などが好みであります。
嫁さんのお稽古ごとの先生に貝殻を折って差し上げたら、結構気に入ってくれたようで、調子にのって久しぶりにカメさんとタコさんを追加で折ってさしあげてしまいました。この2つ、紙を選びますので、紙選びから……結構疲れました。
タコさんはP.エンゲルさんの作品です。
そしてこの2つ、折るそばから近所の子供たちやら何やらに持って行かれてしまいますので、揃って手元にあるところは、仁屋番頭自身、初めて見ました。折角ですので記念 UP !
こうして見るとオリガミというよりも紙細工といった感じですね。吉澤先生は、
オリガミはなどのことを言ったと思います。その流れから「不切一枚折り」(一枚の紙で折る・ハサミを入れない。この和製漢文的なセンスのないネーミングを、関係者はどうにかしようと思っていないのでしょうか。不思議です)という流派が形成されてきました。写真のカメさん・タコさんも一枚の紙でできています。
・ハサミを入れてはいけない
・ペンなどで書き入れをしない
でも先生は「ハサミを入れない」ということを言っただけであって、2 枚の紙を組み合わせたりして 1 つの作品にすることは先生自身もされています。歴史はご本人も予期せぬ方へ。
そしてより精緻に、より写実的な表現を求める方向に現在あります。
しかしながら伝承オリガミの折り鶴を見てみます。
外国で折りますと、「これはなんだ」とよく聞かれます。諸外国に行くときには、その国言葉で「お手洗いはどこですか?」「鶴です」を覚えて行くようにしています……というのは冗談ですが、「折り鶴」を鶴と分かる人はまずいません。「鶴」と教えると、感心したように納得してくれます。一度だけどちらかといえばカラスだろうと反論されたことがありました。
何が言いたいかというと、伝統的なオリガミは写実性よりも、シンプルで抽象性を求める傾向にあったのではないか、と思うのです。
対象となるオブジェを、いかに単純なラインで表象し、美しく見せるか。言わば目的とするところを摘み上げて、不要なところを捨象するところに、魅力を感じてきたのであろう、と。
伝承オリガミのカニも、カニを表現するのに足をきちんと八本持たせるところは、一見写実的かもしれません。しかしハサミなんかは細かく折りません。カニを表現するのに必要と考え、足八本を折り出す、その程度のことなんだろうと。
オリガミがもはや日本だけのものではなく、世界に広がり、より多様な表現を持ったと言えるでしょう。一方で表現外の余韻ともいうべき日本的美観は退行して、紙細工とも呼ぶべき領域に進んできたとも考えられるのです。
そんな中でラング氏の作品は、日本人とはまた違った美的感覚を宿していると感じます。
では、仁屋番頭のオリジナル作品は大丈夫なのか? 大丈夫でございます、そんな凝ったものを考える能力はございません。ご紹介できるほどのものもございません。
川畑先生の作品は、これらとは逆にハサミを使いますね。そういえば川畑作品を折るのに必要な数値を割り出す計算するソフトを作れとか言われたことがあったな。「川パッターン」なんて名称にしたらいいんですかね。アハハ。

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【 by 携帯電話】
旧知の間柄の和尚が結制安居という修行をし、仁屋番頭めもお呼ばれして秩父の少し手前の里(山)までお祝いに行ってきました。
結制安居は仏さまが定めた修行で、正しくは 3 ヶ月もの間、大勢のお坊様がお寺に籠もって戒律にかなった生活をするというもの。昔はお檀家さんが、「今年はうちのお寺で結制があるでな〜」「そりゃ、食い扶持揃えるのが大変だべ〜」と、日本全国から集まる和尚さんの 3 ヶ月分のお米を用意したとかで、それはそれは大変だったそうです。
日本では主として禅宗だけが、インドや東南アジア、中国の仏教と同じようにきちんと伝えて行ってきたそうですが、社会や寺院の有り様も変わってきて、今日では主要な行事を数日で行う程度に過ぎないそうです。仁屋番頭の友人のこの和尚さんも、禅寺の住職です。
お檀家さんや地元青年会の人たちがよく働いてくれてこの日のイベントを支えていました。いやぁ首都圏のお寺だったらこんなにお檀家が協力はしないだろうな……。見事な禅問答を繰り広げていて圧巻でした。
あいにくカメラはメーカーに見てもらっているし、どうせご本堂の暗さでフォーカス合わないだろうしで、何も持って行きませんでした。ところが庫裡の玄関に、カ、カメさんの見事な置物が−−仁屋番頭亀吉を名のっている以上は見過ごせません。携帯電話のカメラで、カシャッとしてきました。
結制安居のことはご専門のブログに TB させていただくことにしました (*^_^*)

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Sony DSC-R1 1/400 F8 P-AE 38mm ISO160 WB:太陽光
processed RAW material by Photoshop Elements 3.0

DSC-R1 1/320 F8 P-AE 72mm ISO160 WB:太陽光
processed RAW material by Photoshop Elements 3.0
processed RAW material by Photoshop Elements 3.0
新幹線から、富士山が珍しく綺麗に見えたので、記念 UP しておきます。

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Sony DSC-R1 1/100 F5.6 -0.3EV Av 23mm ISO160 WB:太陽光
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0
紅葉で有名な東福寺の通天橋です。
Net で見ると、まだ見頃ではないようですが、ピーク時であっても、一面真っ赤にというのは難しそうですね。

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曙光

Sony DSC-R1 1/100 F6.3 Av 48mm ISO160 WB:AUTO 【京都】
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0
日の出ではありませんが、右手の山の奥から朝日が射してきたところです。
沈める寺

DSC-R1 1/50 F4.8 -0.3EV Av 72mm ISO160 WB:AUTO
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0
南禅寺辺りだと思います。

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Sony DSC-R1 1/100 F6.3 Av 48mm ISO160 WB:AUTO 【京都】
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0
日の出ではありませんが、右手の山の奥から朝日が射してきたところです。
沈める寺

DSC-R1 1/50 F4.8 -0.3EV Av 72mm ISO160 WB:AUTO
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0
南禅寺辺りだと思います。

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Sony DSC-R1 1/40 F4 Av 38mm ISO160 WB:太陽光 【金閣寺・参拝者入り口付近】
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0
今週の初めに訪れた京都の写真。
まだまだ紅葉には早かったけれど、ここ2日ほどは大分寒さが増してきたので、今頃大分色づき始めているのではないかと思う。

DSC-R1 1/50 F8 Av 50mm ISO160 WB:太陽光 【竜安寺】
processed RAW material by Photoshop CS2
前々前回、驚く話があった、と前振りしておきました。こういう所で書くのもなんですが、ゆゆしき事態だとも思うのであえて書くことにします。
その1 落柿舎で
陽も落ちてきた頃、ようやく嵯峨野巡りをはじめた。
人気も大分まばらでやや寂しい。実はこれくらいの寂寥感がある方が嵯峨野には相応しいと思っている。
さすがに落柿舎にはまだ訪れる人も少なからずある。みなわびさびの世界に浸っていると……一陣の風とともに現れた人力車。乗っているのは20代前半ほどの若き女性、二人。
車夫「これは何の木か分かります?」
ご存じのように熟れた柿が実って、頬を朱に染めています。「はて? 何が言いたい」この時点でこの質問は意味をなしていないように感じた。しかあらず。
女性「えっ〜、分っかんない。食べたことあるかもしれない」
こ、これが分からない!? すでにこの辺で、まわりの人々は興ざめして空気が凍りつきました。しかも判断の方向が、食べる方に行くか!? 本能的には間違っていないかもしれませんが。
車夫「さっきのですよ。柿ですよ、柿!」
女性「えっ、これ、柿なの。初めて見た!」
さっき何があったのかよく分かりません、干し柿でも食べてきたのでしょうか。
私、仁屋番頭も都会生まれの都会育ちで、植物・自然音痴で我ながらばつが悪い思いを何度となくしてきましたが、さすがにここまで非道くありません。
こうして人力車から降りることもなく、茅(ちがや)も見ることもなく、あっというまに去って行きました。
さすがにその場にいた人々は、「常識がね、まったく」「柿を知らないなんてね」と口々に出しておりました。声にせずにはいられなかったのでしょう。
狂歌 「柿なれど 知らぬ存ぜぬ 落柿舎か」

DSC-R1 1/30 F4.8 -0.3EV Av 72mm ISO160 WB:太陽光 【落柿舎】
processed RAW material by Photoshop CS2
その2 銀閣寺で
仁屋番頭は銀閣寺に行ったことがありません。大変楽しみにしていました。
順路通りに進んで行くと、いきなり順路の方角とはあさっての向きに建っておりまして振り返らなければ向き合えないような位置。ちょっと当惑しましたけれど、念願の銀閣寺です。決して大きくない黒い書院造りが、いぶし銀のように渋いです。
感慨にふけっていると、またもや女性二人組、今度は30路に近いような方々、「どれっ、どれっ」といいながら入ってくる。「ちょっと分かりにくいかな」と思って振り返ると、
えっ! なにっ! この汚いの! こんなのにお金をかけるなんてふざけているよ!
これまた絶句です。
この場合のお金が拝観料なのか、税金なのか、よく分かりません。もしかしたらこんなのにも維持費を捻出しなくてはならないお寺さんへの配慮だったのかもしれません。
まぁ社会主義や共産主義などの考え方もありますので、今回のケースはそういう人がいてもいいのかなとは思いますが、それにしてもいきなりお金に結びつく価値観にはついていけません。
教訓 「人はパンのみに活きるにあらず」

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城には各時代の様式がルネッサンスからバロック、ロココまで残され、めくるめく絵巻もののように登場する。

DSC-R1 1/320 F8 Av 36mm ISO160 WB:太陽光
一番古いのは、ロジェンベルク家のヴィーレム(1535〜92)の時代にルネッサンス様式に改修されているが、スグラフィットの装飾が施された塔の部分である。手前の茶色の方形の建物がバロック期、以降各時代に徐々に増改修されていった。

DSC-R1 1/500 F8 Av 31mm ISO160 WB:太陽光
中庭から見たところ
中庭から見たところ
写真がないけれど
プラハ城には”鹿の壕”という壕があったが、ここは壕にクマが飼われている。
その昔領主が狩りに出かけたときに、1頭のクマに襲われた。
領主は慌てて城に逃げ帰ったが、クマはどこまでも追いかけて来た。何とか城への跳ね橋を渡り無事帰還、橋を上げると、クマは勢いあまって壕に落ちた。以来代々このクマを飼い続けているとのこと。
問題はこのクマ。私たちの訪問にはご機嫌斜めで姿を現さなかったが、城内見学をしているとき、「ここがルネッサンス様式です……」「この部屋はバロック様式です……」「ここはロココ様式です」、どの部屋にもクマの敷き皮が置かれている。
このクマはなにかこの城の象徴ですか?と尋ねると、よくぞ聞いてくれましたとばかりに説明してくれた。
壕のクマが御寿命を迎えると皮にしてインテリアとして部屋に飾られます…… (゚Д゚) 絶句。心なしかクマのお目々が訴えかけているようにも見えて、哀れである。

DSC-R1 1/320 F11 Av 15mm ISO160 WB:太陽光
先ほどの回廊上から撮った写真。奥に聖ヴィート教会が見える

DSC-R1 1/125 F11 Av 20mm ISO160 WB:太陽光
聖ヴィート教会とチェスキークルムロフ
聖ヴィート教会とチェスキークルムロフ

DSC-R1 1/200 F8 0.3Ev Av 22mm ISO160 WB:マニュアル
1439 年落成のこの教会は、アルデンベルクのリンハルトの設計である。
主祭壇には守護聖人聖ヴィートとマリアが祀られているという。
1439 年落成のこの教会は、アルデンベルクのリンハルトの設計である。
主祭壇には守護聖人聖ヴィートとマリアが祀られているという。

DSC-R1 1/200 F11 -0.3Ev Av 15mm ISO160 WB:太陽光
processed RAW material by Image Data Converter SR

DSC-R1 1/250 F5 -0.3Ev P-AE 15mm ISO160 WB:太陽光
赤い壁の家が目につく。少々派手だがなんとなく微笑ましい。
赤い壁の家が目につく。少々派手だがなんとなく微笑ましい。

DSC-R1 1/1000 F8 +0.7Ev P-AE 59mm ISO160 WB:太陽光
城の裏手の庭には観客席が回転する屋外劇場などがあるが、それはもう一つの見学コースらしい。私は訪れた土地で思い思いの時間を過ごすことが大事だと思っているので、今回はパス。
街並みはとても落ちついている。
黄葉のシーズンに訪れたい、そんな感想をもっている。

DSC-R1 1/400 F8 AV 29mm ISO160 WB:マニュアル

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Sony DSC-R1 1/320 F11 Av 14mm ISO160 WB:太陽光
チェスキークルムロフ Český Krumlov は南ボヘミアに位置し、ほどなくオーストリアやドイツ国境という場所にある小さな街である。
南ボヘミアの森に端を発する、まだ若き小川の姿のヴルタヴァ川が、ヴィッシー・ブロット湖あたりで急に向きを変えこの辺りでS字を描く、天然の要害であった。
ヴィートコフ家のヴィーテックがこの土地を開墾し、1250年、高台に分家のクルムロフが最初のゴシック様式の城を建設し領主となった。クルムロフはドイツ語で「曲がった」ほどの意味で、この土地の形容である。

DSC-R1 1/500 F8 Av 19mm ISO160 WB:太陽光
ヴルタヴァ川が旋回するところに街がある様子が分かる
10年前ほどのガイドブックにはほとんど触れられていないが、ここ数年は定番のコースになっている。
見所はヴルタヴァ川の初々しい姿もさることながら、後でも触れるように中世の街の様子が保存されている、という点である。街が世界遺産に指定されている。ウィーン生まれの画家エゴン・シーレは母親がここの出身ということから、この街の風景画「死の街」という一連の作品を描いている。
ザルツブルクから山を登ってドイツ国境側に訪問先がある私たちには、プラハから行くと丁度いい地点にある。そんなこともあって、お仲間を案内するには丁度いいかなと思ってコースにした。

DSC-R1 1/200 F8 Av 48mm ISO160 WB:太陽光
切り通しの崖の間に、城と城を繋ぐこの回廊が渡されている。ここをくぐって街に入った。
街の歴史
街の歴史と性格は結構複雑だ。
1302年、最初の城を建てた領主が死去すると、ロジェンベルク家が領主となる。以後17世紀初頭まで支配が続き、その間街は手工業で大いに繁栄し、ルネッサンス都市としてほぼ現在の姿になった。15世紀には”チェコの”という意味のチェスキーを冠して呼ばれるようになる。このロジェンベルク家は時にはボヘミア王に反旗を翻したり、フス戦争ではジクムントと対決して大貴族の代表となり、ボヘミア王も怖れる存在であったという。

DSC-R1 1/160 F10 Av 23mm ISO160 WB:太陽光
街のいたる所にロジェンベルク家を表す五弁の薔薇の紋章が刻まれている。
ツアー参加の奥様方が仰るには、形からしてハマナスでしょう、ということだった。
ロジェンが「薔薇の……」の意味だと思う
やがてロジェンベルク家に後継者がなく途絶えると、街はハプスブルク家に売り渡された。1606年のことである。以後、恩賞の土地として領主がめまぐるしく変わることになる。
1719年にウィーンを本拠地にするシュヴァルツェンベルク家に与えられた。
(もともとドイツ出身の名門貴族で、ウィーンにはシュヴァルツェンベルク宮が現存し、ホテルとして機能している。元は騎士であったがフス戦争時にジクムント側にたち、ジクムントがボヘミア王になると恩典として多くの所領を与えられ、1599年に伯爵の地位を与えられる。17世紀後半にボヘミア領を得て侯爵になり、1813年には対ナポレオン戦争でオーストリアを護ったことでヨーロッパに一躍名を馳せた。近年ではチェコ大統領の相談役も務めたという。フルボカー城も同侯爵の所有であり、またフラッチャニィ広場にも同家の名を冠する宮殿がある。)
ヨーゼフ・アダムは大々的な拡張工事を行い、城を現在見られる姿にした。城に残るロココ様式がそれだそうだ。そして周辺地域に取り残されたこの街を愛し宮廷文化も持ち込んだ。その意味では社交の場として、南ボヘミアに華やかな文化の花を咲かせていた。

DSC-R1 1/500 F8 Av +0.3Ev 30mm ISO160 WB:太陽光
街の中心スヴォルノステ広場には、おなじみヨーロッパ名物のペスト塔

DSC-R1 1/250 F5.6 P-AE 37mm ISO160 WB:太陽光
しかし時代的のみならず、辺境の山間の街はその後に成長した都市と都市間の主要路からもはずれ、地理的に隔絶され、領主も19世紀末にはほとんどこの地を訪れることはなくなっていたという。おかげで近代化の波も押し寄せず、戦禍にも巻き込まれず、ひっそりと中世の街が保存される結果となった。
特に決定的だったのは、第二次世界大戦の時期ドイツ軍が進駐、ボヘミア人を排斥。やがて大戦終結後に撤退。廃墟の街だけが残っていたそうだ。

DSC-R1 1/1000 F8 P-AE 20mm ISO160 WB:太陽光

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Sony DSC-R1 1/60 f4.0 -0.3EV ISO160 25mm WB:AUTO 【銀閣寺】
processed RAW material by Photoshop CS2
京都に紅葉を見に行った。
一昨年訪れたとき、ここ数年、12月にはいって何とか見れて、という話を聞いていたので、期待はしていませんでしたが、市内ではようやく葉の先が色づいたという程度。
東山や嵐山の裾野の近辺が、部分的に紅や黄に染まっているという感じでした。
道中、いろいろ驚くことがあったので、小話は後日 UP したいと思います。
(たいした話ではないけれど)

DSC-R1 1/125 f6.3 ISO160 14mm WB:太陽光 【清水寺】
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0 / 記憶色1
Photoshop Elements で調整

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