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舟でも一隻なければ絵にはならないんでしょうけれど
何とはなしに始めたブログですが、曲がりなりにも 1 年続き、2 回目の年の節目を迎えることになりました。
昨年もその年に起きた出来事を振り返ってみましたが、今年も旧によって読売新聞社の読者が選んだ10大ニュースを取り上げたいと思います。
1. 紀子さまが男子ご出産去年も似たようなことを書いたと思いましたが、これが1位でいいんでしょうか。今更天皇制も何もないと思うんですが……。
非国民と言われようが何と言われようが、そんな重大事ではないと思う。
2. トリノ五輪、フィギュア荒川静香選手が「金」荒川選手、頑張りました。テレビで見ていてどきどきしました。
3. WBC、王ジャパンが初代王者そんなことがありましたね。王さん体調はどうなんでしょう。ご自愛のほどを祈念しています。
4. 安倍内閣が発足自民党支配の政治に疑問を感じます。
しかし野党もだらしがないし、保守安立で安定志向には一番無難かもしれない。拉致問題にもう少し展開を見せて欲しいですね。
5. 夏の甲子園決勝、37年ぶり引き分け再試合で早実が初優勝いい試合でした。
しかしエンターティメントの題材ばかりが並ぶ上位5位、この現代日本人の意識に不安を感じます。
6. ライブドア事件で堀江貴文社長ら逮捕昨今を象徴する事件です。
堀江氏の言動を見ていると、オウム事件にも共通する若者たちの軽佻浮薄な思考性を見てしまいます。
こうした虚業ばかりが目に着く日本の産業に未来はあるのか、暗澹たる思いがしてきます。
7. 福岡で中2が遺書残し自殺、「いじめ苦」自殺相次ぐ若い親たちもそうですが、人間がだんだん弱くなっているような気がします。福祉国家という社会構造が甘えを蔓延させているというか。。。
そこにゲームやテレビ、コミック等の自制なきメディアが、現実の傷みをともなわないヴァーチャル像を子供の心象に植え付け判断力を失わせ、この手の事件を助長させています。自分の足で立ち、歩むことを教えられる社会作りを目指すことを提案したいと思います。
8. 日本ハム、44年ぶり日本一興味なし。
9. 秋田の小1男児が殺害され発見、子供が犠牲の犯罪相次ぐ言わなければならないことは多々ありますが、ここではただただご冥福をお祈りしたいと思います。
10. 福岡市職員の飲酒事故で3児死亡、自治体で飲酒運転への懲戒免職広がるこれだけ問題にされているのに、いまだに飲酒運転に抵抗がない人がいるのに呆れます。
今まで報道されなかっただけのようですが、飲酒運転には公務員が多いのでしょうか? 日本人の4人に1人は公務員だといいますからね。
番外ですが次の 2 件も重要です。
11. 耐震偽装事件で姉歯秀次・元1級建築士ら逮捕姉歯氏の意識はどういうんでしょうか。
ただ日本の耐震建築は、コスト面でも地球に優しくない資材面でもいき過ぎのような気がします。
12. 北朝鮮核実験で制裁強化日本政府も、米国の顔色ばかりをうかがわないで、もう少し主体性を持っていただきたい。
対岸の火事ではなく、自分のお尻に火がついているのに。
年内の更新はもうできそうにありませんので、一応これを以て本年打ち止めということにしたいと思います。皆さま、よいお年をお迎え下さい。
ではでは……。

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SONY DSC-R1 1/10 F4.5 Av ISO160 【ミュンヘン市内】
年の瀬の街を歩いていると、ショーウィンドウも街灯も一年の労をねぎらうかのように人々に優しい。
雑貨店の小物が新しい主人を求めて呼び止めるのか、ふと道端の店のウィンドウに目がゆく。
ボクを呼び止めたのは君?そんな風にして、声の掛けぬしを探して商品を選んでゆくのも、また楽しい。

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SONY DSC-R1 1/80 F3.2 Av ISO160
仁屋番頭は写真については“ド”がつく素人である。したがって写真家は名前もほとんど知らない。
今月号の『アサヒカメラ』に「私の愛用カメラ」という企画があった。
そこに蜷川実花さんという写真家も取り上げられていた。女史は銀塩を使用しているとのことだが「とうとう“今のところ”なんて言わなければならない状況になってきました。」(一部表記改)という発言がある。使用している機種は生産中止品ばかりで、使用フィルムも一部販売中止になるという。デジタルだろうが銀塩だろうが装置さえ残ればいいかと割り切るようになった、という。カメラを一介の「道具」とみなす発言も見られる。
時々ネットでも見うけられる発言だけれど、ボクにはこのセリフはとても悲しいものに感じられる。
この種の発言は即物主義的なドラスティックな表現で、現代的なクールな感性を装ってのこともあるだろう。が、やはり道具としてだけではなく自分の手足となって動いてくれる愛着ある相棒位の気持ちでなければ、自分の人生ともいえる仕事を託せる訳はなかろう。
外部の要因から主体性が疎外される環境しか提示できない社会は、前近代的なものでしかないと思うのである。
いささかウェットな意見になってしまったが、たまたま写真の世界を眺めていて、現在日本の歪みがここにも写しだされているように見えて、素人なりの意見を書きたくなった次第。
あまりアップロードの写真とは関係ありませんでした、失礼。

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SONY DSC-R1 1/80 F4.5 Av ISO160 【ミュンヘン市内】
今朝の朝刊にペンタックスとHOYAガラスの合併の記事が書かれていたが、HOYAによる事実上の吸収合併という話も流れている。
Lレンズで定評があるキヤノンのガラスはHOYAが製産しているという。
企業の再編成が進むなか、カメラメーカーも例外ではなかったが、レンズを製産できるメーカも収斂しつつある。寡占ではないが、消費者の選択肢(表現の多様性)が狭められつつあるような気がするのは考えすぎであろうか。

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「のだめのカンタービレ」、面白いですね。
コミックが流行っているということは聞いていたけれど食指は動きませんでした。ドラマになって初めて見た次第です。あと一回で最終回、週一回の楽しみが無くなり残念、残念。
最近はドヴォジャーク(ドヴォルザーク)のチェコ組曲の愁いをおびたメロディーが千秋のテーマ曲のようにかかり、ちょっとグッときます。シュトレーゼマンやドイツ語が登場したりするのでホームグランドにドイツ語圏かフランス辺りを想像していると、プラハからの帰国で飛行機事故に遭っているようですね。ヴィエラ先生はイタリア人らしいし、訳ワカメです。

NIKON F100 1/125 F8 Program-AE RVP F
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6 35mm付近
ウィーン国立歌劇場の右翼。ドヴォジャークが最初に評価を得たのはウィーンだった
他にもクラシックを題材にしたコミックはいくつかあったと思いますが、仁屋番頭のお薦めは「いつもポケットにショパン」です。音楽学校(高校)にかよう麻子ときしんちゃんの音楽を媒介とした青春の日々を詩情豊かに?綴っています。のだめのお笑い系とはやや方向性が違いますが面白いです。

SONY DSC-R1 こちらは仁屋番頭の近所にある公共のホール
「のだめ」でもお馴染みのラフマニノフのピアノ・コンチェルト第2番第2楽章で、主人公麻子さんが「あっ、次、好きなところ」とセリフを発する箇所があったと思いますが、それがどのフレーズなのか……だいたい想像がつきますが、是非映像化して具体的な回答を示して欲しいものです。演出家によっても想定するフレーズが違うんでしょうね。
コミックが流行っているということは聞いていたけれど食指は動きませんでした。ドラマになって初めて見た次第です。あと一回で最終回、週一回の楽しみが無くなり残念、残念。
最近はドヴォジャーク(ドヴォルザーク)のチェコ組曲の愁いをおびたメロディーが千秋のテーマ曲のようにかかり、ちょっとグッときます。シュトレーゼマンやドイツ語が登場したりするのでホームグランドにドイツ語圏かフランス辺りを想像していると、プラハからの帰国で飛行機事故に遭っているようですね。ヴィエラ先生はイタリア人らしいし、訳ワカメです。

NIKON F100 1/125 F8 Program-AE RVP F
AF-S VR 24-120mm F3.5-5.6 35mm付近
ウィーン国立歌劇場の右翼。ドヴォジャークが最初に評価を得たのはウィーンだった
![]() | いつもポケットにショパン #1 (1) くらもち ふさこ (2003/12/18) 集英社 この商品の詳細を見る |
他にもクラシックを題材にしたコミックはいくつかあったと思いますが、仁屋番頭のお薦めは「いつもポケットにショパン」です。音楽学校(高校)にかよう麻子ときしんちゃんの音楽を媒介とした青春の日々を詩情豊かに?綴っています。のだめのお笑い系とはやや方向性が違いますが面白いです。

SONY DSC-R1 こちらは仁屋番頭の近所にある公共のホール
「のだめ」でもお馴染みのラフマニノフのピアノ・コンチェルト第2番第2楽章で、主人公麻子さんが「あっ、次、好きなところ」とセリフを発する箇所があったと思いますが、それがどのフレーズなのか……だいたい想像がつきますが、是非映像化して具体的な回答を示して欲しいものです。演出家によっても想定するフレーズが違うんでしょうね。
時計の音はバッハこぼれ落ちたのはソナタの3番の出だしの下降音、そんな音が私の耳には響きました。
女学生のお喋りはモーツァルト
ポケットからショパンがこぼれた
ヴラディスラフ・ホール
ヴォールト天井が巨大化する教会建築に欠かせないらしいことは、以前に書いた。
これが建築家によって意匠をこらすために欠かせない要素にもなっている。例えばガウディの建築ではこの部分が樹幹状にデザインされて、独特の雰囲気を醸し出すのに成功している。
ここフラチャニィ城(プラハ城)にはヴラディスラフ・ホールという建物がある。
1487年から1500年にかけて南ドイツ出身のベネディクト・リートのよって作られた後期ゴシック様式のホールである。縦62m、横16m、天井までの高さ13m、完成当初はヨーロッパ最大のものだった。
ここの交差リブヴォールトの天井は花弁形に作られていて美しい。教会建築のヴォールトが独特の重々しい荘厳さを装うのに対して、同じ技術を利用して部屋全体を軽やかにするのに成功している。このホールは戴冠式などの国家行事のほか、騎士の馬上競技などが行われていた場所であり、部屋の意匠は華やかな宮廷生活に彩りを添えていたであろう。往時を偲ぶことができる。(木製ネダの床で騎馬競技が行われるところがすごい)
基本的に写真撮影禁止だが、いくらかチェコ・コルナを支払うと撮影許可が降りる。カメラをデザインしたシールをくれ、これを見やすいところに貼っておけば撮影 OK なのである。聖ヴィート聖堂も写真撮影可能だったし、こういうおおらかさが好きである。
壁際はこんな感じ
30年戦争 : 窓外投出事件
さてこのホールにはもう 1 つ見所があり、ヨーロッパ全土を巻き込んだ30 年戦争発端の部屋がある。
そこに至るまでの民族的・政治的な諍いの長い積み重ねはある物の、1609年神聖ローマ帝国皇帝でありボヘミア王であるルドルフII世の信教の自由を認める勅書をめぐっての一連の動きが、叛乱の直接の動機となる。
ハプスブルク家(旧教:カトリック)の政策を快く思っていないボヘミア貴族(新教:フス教ウトラキスト派・ボヘミア兄弟団、ルター派)は、抗議集会の最中1618年5月23日、ハプスブルク家側の皇帝代理人たる政務官 ヴィレーム・フルム・スラヴァタ、ヤロスラフ・ボジタ・マルティニツと書記官をこの部屋の窓から投げ落としてしまったのである。この事件を「窓外投出事件」(そうがいとうしゅつじけん:デフェンストラツェ。「窓外放擲」とも)という。「窓外投出」という手法は、ボヘミアでは伝統的な意思表示の手段だそうだ。
この「1618年のボヘミアの叛乱から1648年のウェストファリア条約締結」に至るまでに行われ、ヨーロッパを巻き込みドイツ国土を疲弊させ荒廃に導いた争いが、30 年戦争と呼ばれる。またこの条約により政教分離・主権国家の概念が初めて提示され、国際法の導出へ、と展開した。
今はガラス窓が貼られているこの部屋が事件の起きた場所である。往時はボヘミア行政局として使用されていた。
この写真の窓から放り出されたというが、当時は窓がない状態、つまりバルコニー状になっていたらしい。(との説明だったが、大英博物館所蔵の線画には現在のものとよく似た、下側が開く窓が描かれている) なぜか2枠だけ素通しで、手が出せるようになっている。ここから何かをおとさせたいらしい。(-_-;)
見学コース的にはここから外へ出る。
この部屋はホールの脇間にあたる。
騎士が馬に乗り、馬上で様々な仕度ができるように工夫が凝らされている。
【参考文献】
Aug.12.2007 追記

SONY DSC-R1 1/30 F2.8 Program-AE ISO160
ヴォールト天井が巨大化する教会建築に欠かせないらしいことは、以前に書いた。
これが建築家によって意匠をこらすために欠かせない要素にもなっている。例えばガウディの建築ではこの部分が樹幹状にデザインされて、独特の雰囲気を醸し出すのに成功している。
ここフラチャニィ城(プラハ城)にはヴラディスラフ・ホールという建物がある。
1487年から1500年にかけて南ドイツ出身のベネディクト・リートのよって作られた後期ゴシック様式のホールである。縦62m、横16m、天井までの高さ13m、完成当初はヨーロッパ最大のものだった。
ここの交差リブヴォールトの天井は花弁形に作られていて美しい。教会建築のヴォールトが独特の重々しい荘厳さを装うのに対して、同じ技術を利用して部屋全体を軽やかにするのに成功している。このホールは戴冠式などの国家行事のほか、騎士の馬上競技などが行われていた場所であり、部屋の意匠は華やかな宮廷生活に彩りを添えていたであろう。往時を偲ぶことができる。(木製ネダの床で騎馬競技が行われるところがすごい)
基本的に写真撮影禁止だが、いくらかチェコ・コルナを支払うと撮影許可が降りる。カメラをデザインしたシールをくれ、これを見やすいところに貼っておけば撮影 OK なのである。聖ヴィート聖堂も写真撮影可能だったし、こういうおおらかさが好きである。
壁際はこんな感じ
30年戦争 : 窓外投出事件
さてこのホールにはもう 1 つ見所があり、ヨーロッパ全土を巻き込んだ30 年戦争発端の部屋がある。
そこに至るまでの民族的・政治的な諍いの長い積み重ねはある物の、1609年神聖ローマ帝国皇帝でありボヘミア王であるルドルフII世の信教の自由を認める勅書をめぐっての一連の動きが、叛乱の直接の動機となる。
ハプスブルク家(旧教:カトリック)の政策を快く思っていないボヘミア貴族(新教:フス教ウトラキスト派・ボヘミア兄弟団、ルター派)は、抗議集会の最中1618年5月23日、ハプスブルク家側の皇帝代理人たる政務官 ヴィレーム・フルム・スラヴァタ、ヤロスラフ・ボジタ・マルティニツと書記官をこの部屋の窓から投げ落としてしまったのである。この事件を「窓外投出事件」(そうがいとうしゅつじけん:デフェンストラツェ。「窓外放擲」とも)という。「窓外投出」という手法は、ボヘミアでは伝統的な意思表示の手段だそうだ。
この「1618年のボヘミアの叛乱から1648年のウェストファリア条約締結」に至るまでに行われ、ヨーロッパを巻き込みドイツ国土を疲弊させ荒廃に導いた争いが、30 年戦争と呼ばれる。またこの条約により政教分離・主権国家の概念が初めて提示され、国際法の導出へ、と展開した。
今はガラス窓が貼られているこの部屋が事件の起きた場所である。往時はボヘミア行政局として使用されていた。
この写真の窓から放り出されたというが、当時は窓がない状態、つまりバルコニー状になっていたらしい。(との説明だったが、大英博物館所蔵の線画には現在のものとよく似た、下側が開く窓が描かれている) なぜか2枠だけ素通しで、手が出せるようになっている。ここから何かをおとさせたいらしい。(-_-;)
見学コース的にはここから外へ出る。
この部屋はホールの脇間にあたる。
騎士が馬に乗り、馬上で様々な仕度ができるように工夫が凝らされている。
【参考文献】
| プラハを歩く 田中 充子 (2001/11) 岩波書店 この商品の詳細を見る |
Aug.12.2007 追記
![]() | ドイツ三十年戦争 C.ヴェロニカ ウェッジウッド (2003/11) 刀水書房 ちょっとお高く執筆された年代も古い本だけれども、現在まとまった内容を求めると邦訳ではこれしかないらしい。 この商品の詳細を見る |
![]() | 三十年戦史 (第1部) (岩波文庫) 渡辺 格司、シルレル 他 (1943/12) 岩波書店 プアマンズ三十年戦争資料。 リクエスト復刊により復刊している最中。文体や訳語が古すぎるのが難点。「匈牙利」はハンガリーなんだろうなぁ。「ルーテル」はルターのこと。 この商品の詳細を見る |
![]() | 戦うハプスブルク家―近代の序章としての三十年戦争 (講談社現代新書) 菊池 良生 (1995/12) 講談社 概略書として読める。当然のことながら細かな点を考えると、途端に疑問符の山だらけになる。冒頭など中世史的な感性がないものにとっては何の意味があるのやらチンプンカンプンである。お手軽に済ませられる1冊であることには間違いない。 あとがきに、上記ウェッジウッド女史の『ドイツ三十年戦争』の独版によったことを明らかにしている。 この商品の詳細を見る |
プラハの北からフラチャヌィ城に向かう。カレル庭園の茂みごしに聖ヴィート大聖堂が見えてくる。
巨大なゴシック建築がせまってくる光景は、なかなか壮観である。
これが「黄金の扉」と呼ばれる入り口。『最後の審判』のモザイク装飾が施されている。
中央がキリスト、下方に聖人たちが跪き、その下にカレル 1 世と 4 番目のドイツから嫁いだ妻、エリザベートの姿がある。
「黄金の扉」上方には時計。当時は長針と短針を一つの文字盤上で動かす技術がなく、時間と分とが、別々の時計になっている。
聖堂東側の放射状祭室の部分。普請中だった。

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巨大なゴシック建築がせまってくる光景は、なかなか壮観である。

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ハレハレです
これが「黄金の扉」と呼ばれる入り口。『最後の審判』のモザイク装飾が施されている。
中央がキリスト、下方に聖人たちが跪き、その下にカレル 1 世と 4 番目のドイツから嫁いだ妻、エリザベートの姿がある。
「黄金の扉」上方には時計。当時は長針と短針を一つの文字盤上で動かす技術がなく、時間と分とが、別々の時計になっている。
聖堂東側の放射状祭室の部分。普請中だった。

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職場で物わかりの悪い先輩と、半日激論を戦わせてしまいました。
後味は悪いし、ものすごく体力を消耗しました。虚しい。
今日はもう何もする気が起きません、寝ます。
「私は貝になりたい」というのがありましたが、今は「ススキになりたい」という感じです。
風に揺られて飄々と……
そんな境涯になれたらいいな、と思う……

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聖ヴァーツラフ礼拝堂
前回「聖ヴィート大聖堂の外観を次回は……」なんて宣言しておきながら、話は別の方に行ったりする。風邪をひいて寝込んでいまして、その間大聖堂内部写真で載せたくなったりしまして、急に気が変わります。気まぐれです。

SONY DSC-R1 1/20 F4 Program-AE ISO400
processed RAW material by SILKYPIX Developer Studio 3.0 【WB:3波長蛍光灯(温白色)】
写真はペーター・パーラー(ペトル・パルレーシュ。ドイツ人。最初に聖堂を手がけたフランス人建築家マシュー・アラスの事業を引き継いだ)の手になる聖ヴァーツラフ礼拝堂……の中にあるシャンデリア。大聖堂の一角にあります。(ものの本によるとパーラーの子による、ともある)
小部屋になっているのですが礼拝堂内部には入れず外から覗くだけ。
壁が金とボヘミア名産のガーネットの半輝石で埋められた贅の限りを尽くした室内装飾になっており、ボヘミア美術の粋を極めた傑作ということです。実際に見た印象では、ポタラ宮のダライ・ラマの部屋を見た(実際に見たことはありませんが) ―― という印象に近いんですけれどもね。
見所の一つだったらしいのですが、ガイドさんの流暢な説明からその重みが伝わらず、写真はこれだけです。
作家のカレル・チャペックは1939年第二次世界大戦勃発の前夜、ここで聖ヴァーツラフ王に祈りを捧げたといいます。
DSC-R1 1/50 F3.2 Program-AE ISO200
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この写真は聖堂内部
さて余談になりますが ―― 余談ばかりですみません ―― このカレル・チャペック氏のエッセイを読んでいると
日本とチェコ、細い細い線で繋がれているようです。

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前回「聖ヴィート大聖堂の外観を次回は……」なんて宣言しておきながら、話は別の方に行ったりする。風邪をひいて寝込んでいまして、その間大聖堂内部写真で載せたくなったりしまして、急に気が変わります。気まぐれです。

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写真はペーター・パーラー(ペトル・パルレーシュ。ドイツ人。最初に聖堂を手がけたフランス人建築家マシュー・アラスの事業を引き継いだ)の手になる聖ヴァーツラフ礼拝堂……の中にあるシャンデリア。大聖堂の一角にあります。(ものの本によるとパーラーの子による、ともある)
小部屋になっているのですが礼拝堂内部には入れず外から覗くだけ。
壁が金とボヘミア名産のガーネットの半輝石で埋められた贅の限りを尽くした室内装飾になっており、ボヘミア美術の粋を極めた傑作ということです。実際に見た印象では、ポタラ宮のダライ・ラマの部屋を見た(実際に見たことはありませんが) ―― という印象に近いんですけれどもね。
見所の一つだったらしいのですが、ガイドさんの流暢な説明からその重みが伝わらず、写真はこれだけです。
作家のカレル・チャペックは1939年第二次世界大戦勃発の前夜、ここで聖ヴァーツラフ王に祈りを捧げたといいます。

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この写真は聖堂内部
さて余談になりますが ―― 余談ばかりですみません ―― このカレル・チャペック氏のエッセイを読んでいると
今、この瞬間、わが国から何千マイルもかなたの日本で何が起こったのか、詳しいことは分かりません。今までのところ正確な死者の数も知らせてきていないし、これからまだ何千だか何万だか増えるのかどうかも分かりません。という出だしの、「身震いする世界」というのがあります。意味深でしょう、何のことだか分かります? もう少し読んでみましょう。
記号や名前を受信していても、それらの記号や名前が人間なのか、文化なのか、民族なのかも理解するのが難しいのです。わが国にある地震計は非常に、非常に遠くのショックを記録しています。でも、それだけなのでしょうか?地震計とあることによりお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これは関東大震災のことを記述しているのです。恐らくチャペック氏のこの書きようから日本のことはあまりご存じないようなのですが、ともあれ当時の計測機器が日本で起きた地震をキャッチしていたことは驚きです。
東京を崩壊させ、横浜を水浸しにし、深川、千住、横須賀を焼き、浅草を破壊し、神田と御殿場と世田谷(シタヴァヤ)を瓦礫の原とし、箱根を平にしてしまった地震は、これらの聞きなれぬ地名が語り伝えるほど遠くで起きたことではありません。私たちの心の届く範囲にあります……五十万とも六十万ともいわれる人たちが生き埋めになり、火に焼かれ、水に飲まれて死んだのです。繊細な文化と勤勉な労働の都市が潰されたのです。世界大戦の恐ろしい大惨禍と比べれば小さいかもしれない。おまけにこんなに離れている。それに襲われたのは言葉も通じない、実際にはほとんどなんの付き合いもない肌の色も違う民族です。ああ、違う。それは遠くではない。……きりがないのでこの辺にしておきますが、世田谷がシタヴァヤと、チェコ風の表現に置き換わるなど、当時の情報のあり方が生々しく伝わってきます。このエッセイの中では、他国による救援活動・募金活動が行われることを予想し、呼びかけています。関東大震災のことについてはよく見聞しますが、当時どれくらい国際的援助があったかとかいわれることは余り聞いたことがありません。調べてみる価値はありそうです。
日本とチェコ、細い細い線で繋がれているようです。

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| カレル・チャペックの日曜日 カレル チャペック (2004/11) 青土社 より。(この商品の詳細を見る) |

Sony DSC-R1 1/320 F8 Program-AE ISO160
以下、一部RAWファイルから現像
「ゆく川の流れは絶えずして……」
というのは『方丈記』だが、ギリシアの哲人ヘラクレイトスも川を見て万物流転の理を説いた。
川を見て無常を観じるのは、洋の東西を問わず、どこも同じらしい。
写真はヴルタヴァ川より見たプラハ城である。チェコ橋を渡っている車中から撮ったのでガラス反射が写りこんでいる。
ヴルタヴァ川はモルダウ川という名称の方が馴染み深い。(スメタナの有名な『モルダウ』という曲は、作曲の時点でドイツ語名でモルダウと表記し、後日チェコ名を知って悔やんだという。以下モルダウというドイツ語名を使用)スメタナの交響詩「わが祖国」の2楽章として知られた名曲である。私がチェコと聞いて連想するのはこの曲と、ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)の交響曲第8番第3楽章、同じくスラヴ舞曲の数曲。
ここら辺にはあまりそぐわないカンカン照りの日が続いたせいか、どうも予想していたイメージにピッタリしない。プラハは霧が名物だというから、そんなときにでも出直すしかない。
さて「モルダウ」という曲は始まってしばらくすると、フルートによる上昇音型とクラリネットの反行下降音型が呼応する。しばらく類似のパターンを反復させながら進行し、やがて主題が登場する。
この2つの対照となる音型はモルダウ川の2つの水源を表している。
フルートが「温かい水源」、クラリネットが「冷たい水源」である。この2つの水流が交わるところでおなじみの第1主題が奏でられる。(その後も水源のモチーフは響き続ける) やがて大河となりながら森を抜け、草地を通り聖ヨハネの急流で渦を巻き、1楽章でおなじみプラハ創世の地ヴィシェフラド(高い城)のところでフルオーケストラ、滔々たる流れは古都プラハを抜けて、やがて視界の及ばぬ世界でエルベ川へそそぐ。
さて、南ボヘミアの森に端を発する2つの水源とは一体どこであろう。
チェスキークルムロフでまだ大河になる前の可愛らしいモルダウは見たけれど。ふと疑問に思う。
その上流に湖(リプノ・ダム。人造湖)らしいところはある。地図を見ると2つといわず、ブルタヴァと合流する水脈は東にも結構ある。南ボヘミアの森というとき、周囲を覆うシュマヴァ山地と同義であるらしい。2つの水源も恐らく具体的なものではなく音楽的な要素として導入されたモチーフであろう。詮索するだけ野暮な話。
閑話休題。プラハ城については前にも触れた。
その中には館あり、2つの聖堂あり。一際目立つのは二本の尖塔が聳える聖ヴィート大聖堂であろう。
ヨーロッパの石造りの教会は、アーチや交差ヴォールトを利用して建築物の重量をヴォールトの集合体である柱と控壁に逃がし、従来建物を壁によって支えていた制約から解放した。このことにより大きな尖塔を構築できるようになった。ゴシック建築といわれるものである。このことは同時に壁面に自由に窓を開けることを可能とし、ステンド・グラスの製作と光量の確保という恩恵となって表れている。これは構造上の理由によることが大きいが、思想的には『ヨハネによる福音書』の「神は光なり」を具現化しようとしたものである。

教会の顔:薔薇窓。西のファサードにある。以下、聖堂の内部を部分的に紹介。
1/60 F8 Av ISO160

北側。オルガンが据え付けられていた。柔らかな光が心地よい。
1/50 F3.2 Program-AE ISO160

製錬が均一にできない時代のガラスは、ガラス越しに見える風物を味わい深いものにする。
1/160 F4.8 -0.7EV Program-AE ISO250

内陣裏手の床は、歴代の司祭が眠る塋域ということを表している。
1/20 F2.8 Program-AE ISO400 さすがに手持ちは厳しい

王を表したものだろうか? 馬に跨ったオブジェをあしらった空調窓
1/60 F13 -2.0EV Program-AE ISO160

南のファサード頭頂部。西側が完成するまでは、ここが入り口として使われていた。南側ファサードを中心とした外観については、次回のお楽しみ。
1/400 F8 -0.3EV Program-AE ISO160
ほかにステンド・グラスなど多くの装飾で埋め尽くされているが、紹介しきれないので省略。アルフォンスミュシャ(ムハ)製作のものは、すでにオンラインアルバムに掲載してあるので、興味ある方はご照覧あれ。

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