黒マリアとロウソクの微妙な関係
といっても今回は日本での写真。
以前アルトエッティングの紹介をしたとき黒マリアの写真の掲載は控えておいた。 →過去の記事はここから
アルトエッティングはカトリック巡礼地であり、何といっても巡礼と教会が名物(メッカ?!)である。ほかに名産はないのかと聞かれれば、そういっていいんだか分からないんだけれど、あえて独断と偏見で、巡礼地らしくロウソクが名物であるとでもいっておこう。
蝋 の部分が写真を見てわかるとおり分厚い。火をつけると芯の周辺部だけが溶けてゆき、一番周縁部は外壁として残ってゆく。なるほど、それで風が吹いても消えない訳だ。
ときどき馬に蹄のように、まわりの蝋を削ってやる必要がある。じゃないと火もつけにくいし、使いにくい。
部屋に置いてあるものにたまたま目をやると、なんと! 件の黒マリア様が印刷されていらっしゃるじゃありませんか。今の今まで気がつかなかった。こんなものに印刷しているくらいだから、写真を UP するくらいお許しも得られるだろうと、近所の桜の木を前に撮影。皆さん拝むと病気とかが治るそうですよ。(治らなくても責任はとりませんけど。もしなおったら礼拝堂に額入りの絵をかけてお礼参りに行ってくださいね)
ついでで、庭の桜も撮りました。こんな感じです。
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といっても今回は日本での写真。
以前アルトエッティングの紹介をしたとき黒マリアの写真の掲載は控えておいた。 →過去の記事はここから
アルトエッティングはカトリック巡礼地であり、何といっても巡礼と教会が名物(メッカ?!)である。ほかに名産はないのかと聞かれれば、そういっていいんだか分からないんだけれど、あえて独断と偏見で、巡礼地らしくロウソクが名物であるとでもいっておこう。

EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
ときどき馬に蹄のように、まわりの蝋を削ってやる必要がある。じゃないと火もつけにくいし、使いにくい。
部屋に置いてあるものにたまたま目をやると、なんと! 件の黒マリア様が印刷されていらっしゃるじゃありませんか。今の今まで気がつかなかった。こんなものに印刷しているくらいだから、写真を UP するくらいお許しも得られるだろうと、近所の桜の木を前に撮影。皆さん拝むと病気とかが治るそうですよ。(治らなくても責任はとりませんけど。もしなおったら礼拝堂に額入りの絵をかけてお礼参りに行ってくださいね)
ついでで、庭の桜も撮りました。こんな感じです。

EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
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HDR (High Dynamic Range)というものがある。
単純にダイナミックレンジが不足しているときに使用するものと考えて、SYLKYPIX 現行の VER.3に付属する拡張機能とと同じことだと勘違いしていた。しかし更めて考えるとちょっと違う。ダイナミックレンジが不足しているとき SYLKYPIX では限界があり救える程度も知れていた。(というより、RAW現像時にマイナス補正して使った方がよっぽど使えるような気がする)
HDR では露出をブラケティングしていた複数の写真を合成し、白飛び黒つぶれの少ない 1 枚の画像が仕上がる。
なんだそんなこと誰でも思いつくジャン、Photoshop か何かで合成すればいい。これがなかなかうまくいかない。
背景に空、小枝や何かのオブジェクトが広がっていると、画像ソフトで別々に仕立てた映像の合成は境界線が乱れ、骨が折れるものである。
それと HDR で仕上げたものはどことなく現実世界とは違った絵画調の不自然さをもつ。この手法を好む方は、それも面白いらしい。観光地の絵はがきや、もともと映画用の技術ということもありハリウッドの SFX 画像みたいな雰囲気になる。それは楽しそう、ということで早速簡易版フリーソフトを探してダウンロード。さて、とはいっても三脚立てて露出をばらした写真がない。そこで去年の秋京都に行ったときの使えない写真を取り出す。
もうすぐ夕暮れで、陽の差し込まない祇王寺境内。帰ってきて PC で起こせば何とか使えるだろうかと思いきや、画像が荒れて画にならない。合成は上記に挙げたようにこれまた切り抜きの部分がどうしようもない出来になった。そこでほっといたのである。
青い空と朱色の柿 やや染まった紅葉 緑の葉
それらが織りなすアラベスクが面白く、カメラを搆えた。が、いかんせんオブジェの部分はすでに暗い。オブジェに露出を合わせれば空は飛ぶしまたシャッター速度も遅すぎる、空に合わせればオブジェは潰れる。
取りあえず黒潰れには強いデジカメ、空が飛んでは元も子もないから、空に合わせて露出アンダーで撮る。
さて、このファイルを取りあえず引っ張り出してきて、 RAW からオーバーとアンダーの画像を作り、 HDR ソフトで現像。思ったほど効果はなかったがレタッチソフトでの合成よりはややマシに仕上がった。さらに切り抜き合成のような失敗は心配ない。
ただ 1 枚の失敗画像からの起こしだから(Photpshop CS2 の HDR 機能ではダイナミックレンジを生成するのに差がない、とダイアログが出て怒られてしまった。この場合プラグインが強制終了して機能してくれない)、 HDR 本来の雰囲気はあまり出なかった。どことなくわざとらしいところはそれらしいかもしれない。
プラス・マイナス 1 枚づつ加えた 3 枚以上で処理するのが最低条件らしいが、5 枚辺りで行うと結果が明らかに違ってよくなる。因みにお薦めはしないけれど、今回使用した某ソフトでは3枚で行ったものより、派手に作った 2 枚処理のほうが見栄えがよかったりしていた。
もう少しソフトの使用方法を覚えて、それ用の撮影の仕方を考える必要があるみたい。
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またまたローライ。
余っていたフィルムを現像に出し(これが前回)、とった刀で返す、まあその場でフィルムを容れてしまった訳です。
ところはお江戸日本橋。以前にも取り上げました。
さて ローライ 35 は、ほんと小さくメカニカルなカメラです。愛好者も多いと聞きます。
ローライ社は二眼レフで一時期を画しましたが、その後一眼レフの時代になり奮わず、
ヴィルギンというメーカにいたハインツ・ヴァースケなる人物に依頼し設計したのが、このカメラということです。その後のローライ社の浮沈はご存じの通りで、そもそもこういう異端に走ったのがけしからんという人もいるくらいですが、やはり世のコンパクト機の展開に貢献したのではないでしょうか。
ともかくかろうじて露出計は内蔵していますが、シャッター速度も露出もピントも 1 回 1 回合わせなくてはならない。この日のように日が出たり陰ったり、めまぐるしく変わる日なぞはいたたまれません。家族の記念写真的にはいいんですけれども、何かいい写真を撮ろうという気さえ起きない、かわいらしさであります。
ということで背景をぼかして、などと考えて開放にしてシャッター速度を合わせて、これでは何となくオーバー目に出る傾向があるからちょっと絞って、、、なんてやっていたら、あまりぼけませんでした。。。

フィルムスキャナも、なぜか粒子ノイズが目立つようになりまして、ちょっとノイズ軽減をかけたら、空との境界が不自然な描写になってしまいました。
日本橋川です。これが天下の日本橋かと思うとトホホです。
アンシャープネスとかデジタルICEとかかけなければ結構いい感じには出るんですけれど、スレとか傷とか目立つようになりました。ネガには傷なんかないんですけれどもね。フィルム装填口のローラとか清掃した方がよいのかな……添付の説明書も今ひとつなんですよね。各項目の説明はあるけれど、調整のためのパラメータの説明が絶対的に不足しています。

こちらは神田川。下流に向かって船が行きます。
そうそう、使用カメラは Rollei35 / Kodak GC 400 です。
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余っていたフィルムを現像に出し(これが前回)、とった刀で返す、まあその場でフィルムを容れてしまった訳です。
ところはお江戸日本橋。以前にも取り上げました。
さて ローライ 35 は、ほんと小さくメカニカルなカメラです。愛好者も多いと聞きます。
ローライ社は二眼レフで一時期を画しましたが、その後一眼レフの時代になり奮わず、
ヴィルギンというメーカにいたハインツ・ヴァースケなる人物に依頼し設計したのが、このカメラということです。その後のローライ社の浮沈はご存じの通りで、そもそもこういう異端に走ったのがけしからんという人もいるくらいですが、やはり世のコンパクト機の展開に貢献したのではないでしょうか。
ともかくかろうじて露出計は内蔵していますが、シャッター速度も露出もピントも 1 回 1 回合わせなくてはならない。この日のように日が出たり陰ったり、めまぐるしく変わる日なぞはいたたまれません。家族の記念写真的にはいいんですけれども、何かいい写真を撮ろうという気さえ起きない、かわいらしさであります。
ということで背景をぼかして、などと考えて開放にしてシャッター速度を合わせて、これでは何となくオーバー目に出る傾向があるからちょっと絞って、、、なんてやっていたら、あまりぼけませんでした。。。

フィルムスキャナも、なぜか粒子ノイズが目立つようになりまして、ちょっとノイズ軽減をかけたら、空との境界が不自然な描写になってしまいました。

日本橋川です。これが天下の日本橋かと思うとトホホです。
アンシャープネスとかデジタルICEとかかけなければ結構いい感じには出るんですけれど、スレとか傷とか目立つようになりました。ネガには傷なんかないんですけれどもね。フィルム装填口のローラとか清掃した方がよいのかな……添付の説明書も今ひとつなんですよね。各項目の説明はあるけれど、調整のためのパラメータの説明が絶対的に不足しています。

こちらは神田川。下流に向かって船が行きます。
そうそう、使用カメラは Rollei35 / Kodak GC 400 です。
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たまには古いカメラも動かさないと……と、親子2代にわたって愛用してきた ローライ35 にフィルムを入れたまま、すっかり忘れていた。といっても大分以前から使わないで倉庫に眠りっぱなしだったんだけれど。


出したついでに、1本フィルムを購入。そそくさと再びローライに詰め込む。これは今日の外回りの時に使い切った。
生産終了の電池の変わりに現行品をアダプタを介して使用。以来、露出計は余りあてにならない。少しアンダー気味にとるようにしなければ、と考えてから実はこれが初めての現像である。これも記憶が定かではないが、今思うと正常動作の時も結構ハイキー気味だったような気がする。
さて帰りがけ、現像だけ頼んでおいたのを受けとり帰宅。PCに読み込むとまあ何の工夫もない写真だが、それほど変色している訳でもない。行きがけにとった嫁さんのコマが一番綺麗に撮れていたので、これで多少面目がたつといったところ。

たしか銀座
フィルムスキャナもあまり使用しないけれど、あとどれくらい持つのだろうか。壊れたころにはもう入手困難になっているんだろうな、などとよからぬことばかり考える今日この頃であった。
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「あれはいつだったか……?」……それは慥かデジカメ時代になって撮りそこねの心配が無くなったので雨を撮したい、とか思っていた時……
「だったら、去年の梅雨頃かしらん」などと考えつつ、電車の中で巻き取り、現像に出す。
「もう半年以上経っている。変色しているだろうな」
出したついでに、1本フィルムを購入。そそくさと再びローライに詰め込む。これは今日の外回りの時に使い切った。
生産終了の電池の変わりに現行品をアダプタを介して使用。以来、露出計は余りあてにならない。少しアンダー気味にとるようにしなければ、と考えてから実はこれが初めての現像である。これも記憶が定かではないが、今思うと正常動作の時も結構ハイキー気味だったような気がする。
さて帰りがけ、現像だけ頼んでおいたのを受けとり帰宅。PCに読み込むとまあ何の工夫もない写真だが、それほど変色している訳でもない。行きがけにとった嫁さんのコマが一番綺麗に撮れていたので、これで多少面目がたつといったところ。

たしか銀座
フィルムスキャナもあまり使用しないけれど、あとどれくらい持つのだろうか。壊れたころにはもう入手困難になっているんだろうな、などとよからぬことばかり考える今日この頃であった。
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EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
processed RAW material by DPP
1/50 f10 Av ISO100
processed RAW material by DPP
1/50 f10 Av ISO100
人に流され
時間に流され
揺れる街
フと立ち止まって振り返る
そんな瞬間が愛おしい
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EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
1/320 f8.0 Av ISO100 【ブルクハウゼン・ドイツ】
――この街の住人は変わっている、すべて金属でできている
肌や髪だけではなく犬さえも
流す涙は錆を含んでいて赤い――
「お家に帰りたい」――カカトを鳴らし、虹をわたって――
金属製のドロシーには、それがかなわない。
「ハートのないブリキのきこり」は連れのはずだったけど……
オズの魔法使いはいずこにやある大口径、前玉が大きいレンズだと結構ゴーストが出る。これがあまり気にならないレンズもあるが、ソニーの DSC-R1 は気になるほうだった。
EF-S 17-55mm f/2.8 IS USM は下のブログを見ても分かるように、同様にハレーションや妙な光が入ることがある。注意が必要であることには変わりがないが、こういうゴーストの出方は悪くない。
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ブルクハウゼンはザルツァッハ Salzach 川の川沿いに作られた美しい街である。その断崖には 14 世紀に造られた長城式の城(山城)が 1.7 Kmにわたって残されている。
ドイツの訪問先からザルツブルク方面やウィーンに向かうときにはいつもこの街をとおる。そしてその度に美しい街だと感嘆する。「忘れがたい記憶」というものがあるとしたら、通りざまに心に焼き付いたこの街の光景かもしれない。
小高い丘々の暗い森を抜けて急に視界が開ける。川沿いにこの街を降りてくる。少し開けた川岸にはおとぎの国から抜け出してきたようなヨーロッパ風の街並み。流れる車窓には、建物の間からわずかながら延々と顔を覗かす崖淵の古城。しばらくするとブルクハウゼンの街並みはいつの間にかに終わり、また元の南ドイツの牧歌的風景が繰り返される。
ここを過ぎて南に少し行くと「聖しこの夜」が作られたチロルの村「オーバーンドルフ」があり、その先に「ザルツブルク」が……という足の運びになる。
街を流れるザルツァッハ Salzach 川は、街の北側でイン Inn 川となり、たゆたう流れは東してやがてドナウ Donau 川にそそぐ。
とはいえ例によってあまり詳しくは知らないから、Wikipedia やらなにやかやをたよりに紹介しよう。
城
城は全長 1.7 km 残っている。資料によれば「 2.1 km にわたって……」というものもあれば「1043m」とするものもある。ドイツで一番長い距離を有し……と記憶していたが、先日行ったときの説明やネット上によるとヨーロッパで一番長い距離を残す史跡なのだそうだ。
ここは城の裏手にひかれたザルツァッハ川の支流。左手の建物が火薬庫でヴェールゼーという調整池がありここもあわせると2kmという計算になるのか?写真があるのだがネガが見つからないので掲載できないのが残念。
ここが一番古い建物。14 世紀 と 15 世紀のもの。
この古い部分の建築技術にイン=ザルツァッハ式と呼ばれるものがある。この技術は 15 世紀頃のアルプスの農家に端を発するものだとされる。
以後徐々に増築され、ゴシックハウスの影響も見られる、とのこと。
ヴィッテルスバッハ家領の城だが、当時バイエルンの都はミュンヘン北東70Kmにあるランツフートで、領主の公爵自身はランツフートの本居に搆え、ここは公爵夫人と従者のためのものだったそうだ。さらに基を正せば原型は、船舶航行の関所=砦である。
城の内部も大まかに分ければ基本的には 3 区画 5 部屋からなっていた。「公爵夫人」「従者」「公の」のブロックである。
右手はレストランになっている。
この城には伝説がいくつかある。その1つが以下の話。
近年この城もようやく整備されるようになり、最近レストラン部分の改修に手をつけたら壁から骸骨がでてきたそうだ。どうやらこのレストランが昔は厨房で、埋められた場所も厨房と発覚したらしい。今回行ったらやたら髑髏のポスターが貼ってあるのでどうしたことかと思ったら、これを売りにしている見たい。
城は小さな街になっていてひたすら歩く。途中に橋あり門あり。みな敵に攻め込まれたときに活用する城を守る重要なアイテム。
あちらこちらに金属製のオブジェが配置されている。3年前に来たときにはなかった。
夏はドイツ人がバカンスで大勢来ていたが(後日聞くと、この時は花博があって多くの来訪者があったとのことです。それほど大規模ではありませんでしたが……)、今回は冬、嘘のように人がいませんでした。
城の上から南を見渡したところ。修道院、その向こうの山々を越えてザルツブルクがあるのかしらん。
写真は対岸のオーストリアを眺めたところ。
長い歴史のうち大部分は対岸も公爵領だったそうだ。オーストリアに割譲後、何せザルツァッハ川をはさんでの対峙、時には大きな戦争もあったようだ。城にはザルツァッハ川を血に染めたという凄惨な戦いの記録が絵として飾られていた。
市街
城の下には新市街が広がる。上に見えるのが城である。
日本で姉妹都市になっているところがあったはずだが、どこだかは忘れた。サッカーチームがあるらしく、ググるとその記事ばかりが出てくるようになった。数年前は2件ほどのヒットしかなかったように思う。
オーストリア側から見れば城の様子が分かるが、向こう側には行ったことがない。 Wikipedia を見ればその写真も載っているので、そちらに譲りたい。
残念ながら昔夏に撮ったネガが見つかりませんでしたので、取りあえず撮り増しした分だけにしておきます。
2007.4.24 【追記】
ネガが見つかりましたので若干の写真を追加しました(2008.5.28 城と街の歴史を記載しました)
ライテンハスラッハを追加(2008/04/14) → 「ライテンハスラッハ修道院 : Burghausen」
ドイツの訪問先からザルツブルク方面やウィーンに向かうときにはいつもこの街をとおる。そしてその度に美しい街だと感嘆する。「忘れがたい記憶」というものがあるとしたら、通りざまに心に焼き付いたこの街の光景かもしれない。
小高い丘々の暗い森を抜けて急に視界が開ける。川沿いにこの街を降りてくる。少し開けた川岸にはおとぎの国から抜け出してきたようなヨーロッパ風の街並み。流れる車窓には、建物の間からわずかながら延々と顔を覗かす崖淵の古城。しばらくするとブルクハウゼンの街並みはいつの間にかに終わり、また元の南ドイツの牧歌的風景が繰り返される。
ここを過ぎて南に少し行くと「聖しこの夜」が作られたチロルの村「オーバーンドルフ」があり、その先に「ザルツブルク」が……という足の運びになる。
街を流れるザルツァッハ Salzach 川は、街の北側でイン Inn 川となり、たゆたう流れは東してやがてドナウ Donau 川にそそぐ。
とはいえ例によってあまり詳しくは知らないから、Wikipedia やらなにやかやをたよりに紹介しよう。
城
城の様子。赤い屋根が伸びて行くところがそれである
城は全長 1.7 km 残っている。資料によれば「 2.1 km にわたって……」というものもあれば「1043m」とするものもある。ドイツで一番長い距離を有し……と記憶していたが、先日行ったときの説明やネット上によるとヨーロッパで一番長い距離を残す史跡なのだそうだ。
ここは城の裏手にひかれたザルツァッハ川の支流。左手の建物が火薬庫でヴェールゼーという調整池がありここもあわせると2kmという計算になるのか?写真があるのだがネガが見つからないので掲載できないのが残念。
ここが一番古い建物。14 世紀 と 15 世紀のもの。
この古い部分の建築技術にイン=ザルツァッハ式と呼ばれるものがある。この技術は 15 世紀頃のアルプスの農家に端を発するものだとされる。
以後徐々に増築され、ゴシックハウスの影響も見られる、とのこと。
ヴィッテルスバッハ家領の城だが、当時バイエルンの都はミュンヘン北東70Kmにあるランツフートで、領主の公爵自身はランツフートの本居に搆え、ここは公爵夫人と従者のためのものだったそうだ。さらに基を正せば原型は、船舶航行の関所=砦である。
城の内部も大まかに分ければ基本的には 3 区画 5 部屋からなっていた。「公爵夫人」「従者」「公の」のブロックである。
右手はレストランになっている。
この城には伝説がいくつかある。その1つが以下の話。
公爵夫人は、夫も彼の地で愛人を作って暮らしているのだからと、料理長と不倫をしていた。公爵は時々この城に来るのだが、丁度公爵が帰ってきたときに現場を見てしまい、怒りに料理長を即刻城の壁に生き埋めにしてしまったとさ。話はこれだけでは終わらなかった。
近年この城もようやく整備されるようになり、最近レストラン部分の改修に手をつけたら壁から骸骨がでてきたそうだ。どうやらこのレストランが昔は厨房で、埋められた場所も厨房と発覚したらしい。今回行ったらやたら髑髏のポスターが貼ってあるのでどうしたことかと思ったら、これを売りにしている見たい。
城は小さな街になっていてひたすら歩く。途中に橋あり門あり。みな敵に攻め込まれたときに活用する城を守る重要なアイテム。
あちらこちらに金属製のオブジェが配置されている。3年前に来たときにはなかった。
夏はドイツ人がバカンスで大勢来ていたが(後日聞くと、この時は花博があって多くの来訪者があったとのことです。それほど大規模ではありませんでしたが……)、今回は冬、嘘のように人がいませんでした。
城の上から南を見渡したところ。修道院、その向こうの山々を越えてザルツブルクがあるのかしらん。
写真は対岸のオーストリアを眺めたところ。
長い歴史のうち大部分は対岸も公爵領だったそうだ。オーストリアに割譲後、何せザルツァッハ川をはさんでの対峙、時には大きな戦争もあったようだ。城にはザルツァッハ川を血に染めたという凄惨な戦いの記録が絵として飾られていた。
市街
城の下には新市街が広がる。上に見えるのが城である。
日本で姉妹都市になっているところがあったはずだが、どこだかは忘れた。サッカーチームがあるらしく、ググるとその記事ばかりが出てくるようになった。数年前は2件ほどのヒットしかなかったように思う。
Sony DSC-R1
これは去年の夏、ブルクハウゼンに宿を取ったので宿から見た城のライトアップ。ほろ酔い加減でみんなで山道を歩いて帰ったのが想い出。真っ暗で、怖かったのと楽しかったのと。Y 夫妻が腕を組んで歩いている写真もあり微笑ましい。オーストリア側から見れば城の様子が分かるが、向こう側には行ったことがない。 Wikipedia を見ればその写真も載っているので、そちらに譲りたい。
残念ながら昔夏に撮ったネガが見つかりませんでしたので、取りあえず撮り増しした分だけにしておきます。
2007.4.24 【追記】
ネガが見つかりましたので若干の写真を追加しました(2008.5.28 城と街の歴史を記載しました)
ライテンハスラッハを追加(2008/04/14) → 「ライテンハスラッハ修道院 : Burghausen」

EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
1/320 f5.6 Av ISO100
processed RAW material by DPP 【ブルクハウゼン:ドイツ】
1/320 f5.6 Av ISO100
processed RAW material by DPP 【ブルクハウゼン:ドイツ】
生命の樹は生命がたどった進化の分岐図、それが1つの根から枝葉を伸ばしていく樹に似ているからこの名がついた。
パンとヘン
1なる原初から無辺の存在が生じ、純粋な一元から収拾のつかない多様性に陥ったという構図/思考
この見解を支持していいのかどうかは別の問題である。
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