HDRといいマウントアダプターといい、邪道に走る仁屋番頭。
アダプターは、これで露出値や焦点距離が EXIF に記録されれば使いかっての悪さをカバーして評価ももう少し上がろうが、それは無い物ねだりというものである。もう少しピント合わせが楽にできたら……などと言い出したらきりがない。
それほど多くもないニッコールレンズを持ち出しての感想。
以下 3 本の常用レンズは、いずれも晴天下では(色が飽和気味で不安定だけれど)大きな問題はない描写である。どれも開放付近から結構使える。問題は曇天や室内。どうしてこうピントが合わないのだろう、ひとえにファインダーのせいなのだろうか。物理的にはそうなんでしょうけれど。
Ai AF 50mm F1.4D
とりあえずよく写ってくれる。
ニコンレンズの発色は独特のアクがあり、その癖を好む人と好まない人があると思うが、DIGIC II やピクチャースタイルに中和されてかのりのいい色になる。
このレンズは単焦点のことだけはあって、近景から遠景までよく写る。こと中景-遠景は純正の EF-S 17-55mm F2.8 IS USM だったら比ではない。アダプターを介して負けとあれば、たとえズームといっても高価なレンズ、立場がない。
Ai AF Zoom 28-105mm F3.5-4.5D
よくできたズームレンズで愛用していたが、こうして等倍鑑賞でみる APS-C 規格では辛いかな、と見える。24-120mm が Ai AF-S VR 24-120mm f3.5-5.6Dとしてデジタル時代にマイナーチェンジして登場したのもこの辺を計算してだったのだろうか。現在ディスコンされてしまったのも何となく分かる。発色はナチュラルであっさり系描写だったが、アダプターを介しての色あいはいい感じだと思う。コントラスト差が強いとついていけない場面もあるようである。テレ側は純正レンズ EF-S 17-55mm F2.8 IS USM と同じような眠い描写をする。
Ai AF Zoom Nikkor ED70-300mm F4-5.6D
ニコンの普及価格帯の AF 望遠ズームだった。
絞り開放から使用できるとされたが、あらためて使ってみて凡庸な描写だということを認識。(それが一番大事だったりする)
購入時に「あまりよくないですよ」「タムロンのほうが写りがよいです」「タムロン(だったか?)のOEMですよ。中身は同じ」と店員から購入を妨害された。どうしても店員はタムロンを売りたかったらしい。レンズ構成を見せてあちらには ED レンズが使用されていないだろう、と格闘してようやく出してもらった想い出がある。ズームはワイドとテレと、ワイドよりの設計をすることが多いと聞くが、テレ側を使用してみた。これも“こんなもんでしょう”位の描写はしてくれた。
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アダプターは、これで露出値や焦点距離が EXIF に記録されれば使いかっての悪さをカバーして評価ももう少し上がろうが、それは無い物ねだりというものである。もう少しピント合わせが楽にできたら……などと言い出したらきりがない。
それほど多くもないニッコールレンズを持ち出しての感想。
以下 3 本の常用レンズは、いずれも晴天下では(色が飽和気味で不安定だけれど)大きな問題はない描写である。どれも開放付近から結構使える。問題は曇天や室内。どうしてこうピントが合わないのだろう、ひとえにファインダーのせいなのだろうか。物理的にはそうなんでしょうけれど。
以下共通 Canon EOS 30D
processed RAW materials by DPP
Ai AF 50mm F1.4D
とりあえずよく写ってくれる。
ニコンレンズの発色は独特のアクがあり、その癖を好む人と好まない人があると思うが、DIGIC II やピクチャースタイルに中和されてかのりのいい色になる。
このレンズは単焦点のことだけはあって、近景から遠景までよく写る。こと中景-遠景は純正の EF-S 17-55mm F2.8 IS USM だったら比ではない。アダプターを介して負けとあれば、たとえズームといっても高価なレンズ、立場がない。
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| 1/125 Av -0.3EV ISO100 どことなく黒を含んだドスの利いた赤がニコンレンズの特徴だが、飽和気味ながら透明感がある色として表現される。 | 1/250 Av ISO100 対岸の建物。等倍鑑賞でも鑑賞に堪えうる |
よくできたズームレンズで愛用していたが、こうして等倍鑑賞でみる APS-C 規格では辛いかな、と見える。24-120mm が Ai AF-S VR 24-120mm f3.5-5.6Dとしてデジタル時代にマイナーチェンジして登場したのもこの辺を計算してだったのだろうか。現在ディスコンされてしまったのも何となく分かる。発色はナチュラルであっさり系描写だったが、アダプターを介しての色あいはいい感じだと思う。コントラスト差が強いとついていけない場面もあるようである。テレ側は純正レンズ EF-S 17-55mm F2.8 IS USM と同じような眠い描写をする。
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| 1/125 f5.6 Av -0.3EV ISO100 マクロモード撮影 右の花にピントを合わせたがどうもあわない。 | 1/125 f5.6 Av -0.7EV ISO100 常時これくらいに写ってくれると嬉しい |
Ai AF Zoom Nikkor ED70-300mm F4-5.6D
ニコンの普及価格帯の AF 望遠ズームだった。
絞り開放から使用できるとされたが、あらためて使ってみて凡庸な描写だということを認識。(それが一番大事だったりする)
購入時に「あまりよくないですよ」「タムロンのほうが写りがよいです」「タムロン(だったか?)のOEMですよ。中身は同じ」と店員から購入を妨害された。どうしても店員はタムロンを売りたかったらしい。レンズ構成を見せてあちらには ED レンズが使用されていないだろう、と格闘してようやく出してもらった想い出がある。ズームはワイドとテレと、ワイドよりの設計をすることが多いと聞くが、テレ側を使用してみた。これも“こんなもんでしょう”位の描写はしてくれた。
![]() | ![]() |
| 1/500 f5.6 Av ISO100 焦点距離:300mm | 1/200 f5.6 Av ISO100 焦点距離:300mm マクロがわりに。なかなかシベにピントが合わず。 |
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Canon EOS 30D + Ai AF Nikkor 50mm F1.4D
processed RAW material by DPP
1/750 -1.0EV Av ISO100
とりあえず手元にはそれまで使用していたニコンとキヤノンの New FD レンズがある。いずれも EOS の EFマウントに直接つかない。EFレンズを揃えればいいだけの話だが、これらの資産を活用したいとの考えがあった。
EOS の選択はマウントアダプターなるものの存在があってのことである。
これがあるので、ニコンのFマウントを EOS に装着してみるという算段をしていたのである。
EFマウント(EOSマウント)は後発のせいもあり、フランジバックが短くとってある。つまりフランジバックが長い他社マウントのレンズも無条件ではないけれど使用できる。これが逆だと、即ちフランジバックが長いボディに短いマウント用のレンズをつけると、無限遠が出ないという。キヤノンがそこまで考えて規格を設定したかは分からないが、いずれの他社より短くとってあり、一部の人からユニバーサルマウントと呼ばれもする由縁である。
というわけで、マウントアダプターは各社から出ている。取りあえずよく名前の上がる近代インターナショナルの「ニコン- EOS マウントアダプター」なるものでニッコールレンズが使い物になるのかどうか実験。
WEB 上にも愛好家のサンプルがたくさんあるが、営利組織の紹介記事(例えば「デジカメWATCH」 http://dc.watch.impress.co.jp/cda/item/2006/05/23/3813.html )を参考にした。
上記記事を引用しつつ私見も加えると、以下のようになる。
■ モードはマニュアルか露出優先モードで撮影可能
■ フォーカスはマニュアル。フォーカスエイド機能は機能しない(EOSのこの機能はあってなきが如し。この程度ならフォーカスエイドと名のるな、と言おうと思ったら取扱説明書は「合焦マーク」となっていた。それならよろしい)
■ ボディの液晶パネルの露出値は「00」を示す。絞りの設定はレンズの絞りリングで行う。
■ かなり絞らないと画像がゆるいレンズがある
■ ピントが合いにくい(ファインダーのせいもあるけれど、それにしてもピントが合いにくい。上記項目との関連はいかに)
■ 天候によって測光の傾向が変わる(ような気がする)
またどこかにも書かれていたが、説明書が簡便すぎる。どれが取付指標なのかさえも記述がない。またレンズをアダプターから外す折の「アダプターの解除ボタン」も名称は出てくるが、製品を見てどこに該当するのか分からなかった。上記のホームページ写真を見て確認した。せめて写真がダメでも挿絵くらいはないと。
しばらく使用しなかった Ai AF 28-105mm F3.5-4.5D を引っ張り出してきて露出優先モードで撮影。(このレンズで撮影した画像は省略)
天候は曇や雨の日である。 最低で 1/2 段、場合によっては 1 段以上オーバになる。-1/3 段では足らず、-2/3 段ではちょっと行き過ぎかな、という場面が多かったので、そこでボディの露出補正の設定を 1/2 段切替えにし、晴天の日に Ai AF 50mm F1.4D をつけ、基本は 1/2 段マイナス補正で出発。

1/8000 (f2.8?) -1.0EV Av ISO100
もっと絞らなければピントがこないレンズもある。この浅さで、これくらい写ってくれれば納得する。

1/3000 -0.5EV Av ISO100
小学校に鯉のぼりが泳いでいた。すべて腹を見せていてシシャモのようになってしまった。
結論からいうと、50mm レンズの場合は RAW 現像時に 1/2 以上プラス補正にする必要があるコマが多かった。つまりマイナス補正をしないほうが手間は省けたことになる。これがレンズに起因するのか天候に起因するのかよく分からない。
また 28-105mm レンズは絞らないとピントが来ないが、50mm は晴天下近景なら、F2.8 位でもほどほどに写る。いずれにしても絞り優先モードで適正露出が得られる訳ではなく、前後にばらつくようである。露出を変えて何枚かとっておくか、RAW で撮るかの撮影方法を選択することになる。
撮影条件が変われば結果は異なるのだろうけれど、 Ai AF 50mm F1.4D では今回のシチュエーションで必要十分な画像を得られることが分かった。使えそうである。

1/250 -1.5EV Av ISO100
茎もいれたかったが、かなり汚いところなので写りこまない構図にした

1/750 -1.0EV Av ISO100
遠景の描写を確認する。建物密集地という場所柄、遠近差もコントラストの差も求められない。平面的ではあるが木の木陰になっている部分を利用して写す。まあまあ見れる。

上のファイルの左上の部分切り抜き。(クリックすると等倍で表示) 結構シャープに写っている。収差が出ているが、この程度は許容範囲。

1/350 -0.5EV Av ISO100
白い紫陽花。(大手毬) 近景はほとんど問題ない。
ねぇ ねぇ お話ししようよ
言葉は通じなくても、心はつながる
EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
1/800 f5.6 Av -0.3EV ISO100
processed RAW material by DPP 【バイエルン州】
可愛らしい窓が並んでいます。1/800 f5.6 Av -0.3EV ISO100
processed RAW material by DPP 【バイエルン州】
ヨーロッパには街の景観を守るため、建築規制をしき、屋根の色も統一されているという国があるようです。ドイツもそうでしたが、その徹底ぶりは想像を超え驚くものでした。
仁屋番頭の訪問先には立派な作事場があります。
必要なものはここで応急的に製作し充当しますが、ある時造ったものが大きすぎて、普通の出入り口しかないこの建物からは出せない、という事態が生じました。窓からも出せません。
せっかくこれだけ立派な作事室があるのだから搬入用の出入り口をつければいいのではないか、と提案したところ、街中のその種の企業ならならともかく、この辺りのこのような小さな法人では許可が出ないとのこと。
窓や出入り口も、建物の種類にも関連するのでしょうけれど、この建物ではこの大きさのものが壁から○○cmのところに……というような条例になっているそうです。
不便を楽しむ国、ドイツの印象です。
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初夏にブルクハウゼンに寄ったときのネガが出てきました。
デジタルICEをオフにしてスキャンするとノイズは減るのですが、ゴミか傷か、いろいろ入ります。フィルムのスキャンは難しいですね。
壕の様子が分かりますでしょうか? 歴史も踏まえてみますと、強者どもの夢の後、という寂寥の感をいだきます。
関連ページはこちらから → 「ブルクハウゼン : Burghausen」
2008.5.28 文章を補足
デジタルICEをオフにしてスキャンするとノイズは減るのですが、ゴミか傷か、いろいろ入ります。フィルムのスキャンは難しいですね。
ブルクハウゼン Burghausen の歴史を載せたパンフレットも出てきたので、拙訳ですが載せておきます。
ただ原文がドイツ語混じりの英文で、述語動詞がなかったり、形容詞と現在分詞だけで文章が連なっていきます。明らかなスペルミスなど誤植があったり……執筆者の意図を汲んで推測での翻訳が主になってしまったので、だいぶ間違っていると思う。分かる人がいたら教えて下さい。
| 7-8c | |
| 城は、ザルツァッハ川交易・通交の税関事務所や、また新たなる開拓居住の必要性から建設されたのが前史である。 そのことは何世紀ものあいだ、ブルクハウゼンの発展に重要な影響を与えている。 | |
| 788年 | タッジオIII世 公爵 Duke Tassio III がここに居を移し、カロリング朝の公爵領になった。 |
| 11-12c | |
| 1025年 | 帝国の領土としてはっきりとした最初の記述が、文献に登場する。 後の皇帝コンラ・ドII世 Konra d II が「ブルクハウゼン伯爵」に財政官を任命している。 |
| 1164年 | ハインリッヒ・ライオン公爵が城の所有権を得ている。 |
| 13C | |
| 1180年 | この頃 城は、すでに都市化しており、崖下の川辺流域にも居住が始まっている。 |
| 1225年頃 | 推定ではあるが、都市として憲章が与えられている |
| 1229年 | ヴィッテルスバッハ家の所有になっている。 第一次バイエルン割譲後、行政を開始。バイエルンの下級貴族たちの第2居住地として経済的発展を遂げる――特にHallein(オーストリア)との塩交易が街の活力源だった。 |
| 14c | |
| 1307年 | それまでの前都市的段階の、地方自治体規則とでも呼ぶべき法を改組し、街の憲章とする――ルートヴィヒ・ド・バイエル皇帝によって重大な特典として与えられている。 街は北と南(Zaglan と Spitvalvorstadt)に発展した。 |
| 1353年 | 火災 |
| 会計局として行政上の中心的存在となる | |
| 15-16c | |
| 隆盛と絶頂は、ハインリッヒ、ルートヴィヒ、ゲオルクという最後の3人の下級バイエルン公爵のもとでであった。1393〜1503年までのこの期間は「リッチな時代」と呼ばれる。 | |
| 1504年 | 市街火災 |
| 1505年 | ランツフート継承戦争後、4つの会計局のうち1つが新制バイエルンに組み込まれる。 |
| 1581年 | 司法権を譲渡 |
| 1594年 | 公爵領塩専売の導入により、主たる収入源の塩交易からの収入が減少――数世紀の長い期間におよぶ、行政・経済の停滞の始まり。 |
| 17-18c | |
| 30年戦争(1618〜48)とバイエルン継承戦争(1701〜14 および 1740〜45)期間の莫大な負担と困窮。 | |
| 1778年 | Innviertel(「イン川流域四分割譲」とでもいうのでしょうか。1777年までバイエルンに帰属していたこの地方が、バイエルン継承戦争後4分割され、そのうちの3地域までがオーストリア領に割譲されたようです。ナポレオン戦争後一時的にはもどりましたが、また元の木阿弥、現在にいたる……という理解で正しいのでしょうか?)の分割により、資源・経済圏であった後背地を失った上に、ブルクハウゼンは国境線の守備防衛都市になった。(バイエルン継承戦争後の Teschen 条約 1778〜79) |
| 19c ナポレオン戦争後の苦難 | |
| 1802年 | 政府の解体 |
| 1807年 | 1688年に認定されたHauptstadt(首都)の名称の剥奪――河川輸送の終了 |
| 1891年 | 駐屯の廃止 |
| ――ささいな地方都市に転落した | |
| 20c 経済再生 | |
| 1915年 | Wacker Chemical Factory が置かれる。 産業の発生により、新市街が誕生する――旧市街は個性豊かなままに |
| 1969〜71年 | 旧市街の整備として Uferstaresse の施設や堤防の建設 |
壕の様子が分かりますでしょうか? 歴史も踏まえてみますと、強者どもの夢の後、という寂寥の感をいだきます。
関連ページはこちらから → 「ブルクハウゼン : Burghausen」
2008.5.28 文章を補足
今年は桜をタイムリーにブログに載せることができませんでした。
忙しくて鑑賞したり出かける時間がとれなかったのです。
およそ1月前になってしまいましたが、近所の桜は数枚撮っておいたので、折角ですから今年の記録に載せることにします。無いよりはマシかな、と思った次第です。
今日のニュースでは弘前あたりが見頃を迎える、と報道されていました。
EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
processed RAW material by DPP
processed RAW material by DPP
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【1】 1/200 F2.8 ISO400

【2】 1/100 F2.8 +0.3EV ISO200
雨の日本橋を歩く。
といっても 3 月来休みなく働き続けたので、買い出しを兼ねての息抜きである。
【1】 丸善
書籍の老舗、丸善は OAZO に大店舗を搆えて日本橋本店は休業建築中だったが、このたび無事落成した。再び店舗を搆えてくれたことが嬉しい。今日の一番の目的はここの視察。でも時間が足りなくて一部フロアしか行けなかった。
そんな訳で充分に見れはしなかったが報告すると、まだ本棚に空きが目立つ。また10年程前の古い雑誌なども並んでいた。こうしたリニューアルの時は実は結構穴場で、一度倉庫にいれた本を並べる過程で倉庫に眠っていた絶版書などが一緒に出てくることが多い。今度改めて見に行かなくてはいけない。写真はノーファインダー。
EOS 30D EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
processed RAW material by DPP
processed RAW material by DPP

【3】 1/1600 F2.8 ISO400
【 2 - 3 】 COREDO
最近東京駅周辺は COREDO やら OAZO やら意味不明な横文字を並べるのが流行っている。 COREDO は日本橋再生計画とやらで建ったビル。何をどう再生しなくてはならなかったのかよく分からない。
こんな近くではファインダーにおさまらない巨大な建物。かといって離れても部分的な姿しかおさまらない。回りに建造物が密集しすぎである。

【4】 1/1000 F2.8 ISO400

【5】 1/25 F2.8 -0.3EV ISO200
【4】 日本橋
歩道の花壇に可愛らしい花が咲いていたので、ローアングル・ノーファインダーでシャッターを切る。仕上げはピクチャースタイル・ノスタルジア。
【 5 と 7 】 OAZO
前述のとおり丸善はこちらの建物の中に巨大店舗を搆えた。
無機質な構築物の冷たい表情に、リーマンさんたちが、様々な人間的な表現を加えてくれる。東京らしい光景とでもいえようか。

【6】 1/60 F2.8 -0.7EV ISO200
【6】 お茶
疲れたのでコーヒーを一杯。
雨の日に美味しいコーヒーを飲むと、ザルツブルクで、雨の日にフュルストに入って休んだのを思い出す。ほとんど病気だな。職場の先輩から、また連れて行けと言われたばかりである。公用なんだから誰はばかることなくお1人で行って下さい、と返事をしておいた。

【7】 1/250 F2.8 0.7EV ISO200 HDR処理
レンズの評価に「空気感まで写す」とか「透明感がある」という意味不明の評価がある。ある特定のメーカに対して特に言われている看板評価である。たしかに昔の写真を見ると、そう言われれば……というものもある。
ここで使用しているこの EF-S レンズ、まだそれほど使い込んでいる訳ではなく、モニターで写した画像を見ている分にはモニターの性能もあって気がつかなかったのだが、プリントしたものを他の機種(数機種)などで写したものと並べて飾っていると、やたら透明度が高いのである。 DSC-R1 の Vario-Sonner で撮したもの、本体側の画像処理技術が大きく起因するが、これを含めて群を抜いている。
透明感が高いというのはこういうことを言うんであろうな、と感じているところである。
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Nikon F100 AF-S VR 24-120mm
古いアルバムより
古いアルバムより
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| ウィーンの目抜き通り ケルントナーシュトラーセ |
メルク城をようやく通り過ぎる。
途中の寄り道がたたったのか、日もとっぷり暮れてしまった。漆黒の空がウィーンの街を覆う。宿も恋しいがとりあえず夕食をとるのが先。
連れがいうには、こういうときはラートハウス(市庁舎)が間違いない、と。その昔、市庁舎の地下には必ずワインケラーがあったし、その名残で今はどこもレストランに変わっている。おまけに客は場所柄、その街の名士とくればハズレがあるはずがない、と力説してくれる。なるほど……覚えておいて損はしない知識だ。
すぐさま電話をして予約を入れる。ついでにメニューは名物シュパーゲル:白アスパラ! ドイツ語圏では日本の松茸なみに信仰されている食材だ。ただこれは旬が過ぎていてややトウがたって期待はずれだったけれど……。

うら若き女性がハープでジーツィンスキー「ウィーン わが夢の街」を弾いて出迎えてくれたのはいい想い出。
ゴドフスキーの「Alt Wien」も彼の地をよく表現していると思う。この曲を聴くと、あの日の記憶がふと甦る時がある。
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