ブルクハウゼン : Burghausen
2007-03-06(Tue)
ドイツの訪問先からザルツブルク方面やウィーンに向かうときにはいつもこの街をとおる。そしてその度に美しい街だと感嘆する。「忘れがたい記憶」というものがあるとしたら、通りざまに心に焼き付いたこの街の光景かもしれない。
小高い丘々の暗い森を抜けて急に視界が開ける。川沿いにこの街を降りてくる。少し開けた川岸にはおとぎの国から抜け出してきたようなヨーロッパ風の街並み。流れる車窓には、建物の間からわずかながら延々と顔を覗かす崖淵の古城。しばらくするとブルクハウゼンの街並みはいつの間にかに終わり、また元の南ドイツの牧歌的風景が繰り返される。
ここを過ぎて南に少し行くと「聖しこの夜」が作られたチロルの村「オーバーンドルフ」があり、その先に「ザルツブルク」が……という足の運びになる。
街を流れるザルツァッハ Salzach 川は、街の北側でイン Inn 川となり、たゆたう流れは東してやがてドナウ Donau 川にそそぐ。
とはいえ例によってあまり詳しくは知らないから、Wikipedia やらなにやかやをたよりに紹介しよう。
城
城は全長 1.7 km 残っている。資料によれば「 2.1 km にわたって……」というものもあれば「1043m」とするものもある。ドイツで一番長い距離を有し……と記憶していたが、先日行ったときの説明やネット上によるとヨーロッパで一番長い距離を残す史跡なのだそうだ。
ここは城の裏手にひかれたザルツァッハ川の支流。左手の建物が火薬庫でヴェールゼーという調整池がありここもあわせると2kmという計算になるのか?写真があるのだがネガが見つからないので掲載できないのが残念。
ここが一番古い建物。14 世紀 と 15 世紀のもの。
この古い部分の建築技術にイン=ザルツァッハ式と呼ばれるものがある。この技術は 15 世紀頃のアルプスの農家に端を発するものだとされる。
以後徐々に増築され、ゴシックハウスの影響も見られる、とのこと。
ヴィッテルスバッハ家領の城だが、当時バイエルンの都はミュンヘン北東70Kmにあるランツフートで、領主の公爵自身はランツフートの本居に搆え、ここは公爵夫人と従者のためのものだったそうだ。さらに基を正せば原型は、船舶航行の関所=砦である。
城の内部も大まかに分ければ基本的には 3 区画 5 部屋からなっていた。「公爵夫人」「従者」「公の」のブロックである。
右手はレストランになっている。
この城には伝説がいくつかある。その1つが以下の話。
公爵夫人は、夫も彼の地で愛人を作って暮らしているのだからと、料理長と不倫をしていた。公爵は時々この城に来るのだが、丁度公爵が帰ってきたときに現場を見てしまい、怒りに料理長を即刻城の壁に生き埋めにしてしまったとさ。話はこれだけでは終わらなかった。
近年この城もようやく整備されるようになり、最近レストラン部分の改修に手をつけたら壁から骸骨がでてきたそうだ。どうやらこのレストランが昔は厨房で、埋められた場所も厨房と発覚したらしい。今回行ったらやたら髑髏のポスターが貼ってあるのでどうしたことかと思ったら、これを売りにしている見たい。
城は小さな街になっていてひたすら歩く。途中に橋あり門あり。みな敵に攻め込まれたときに活用する城を守る重要なアイテム。
あちらこちらに金属製のオブジェが配置されている。3年前に来たときにはなかった。
夏はドイツ人がバカンスで大勢来ていたが(後日聞くと、この時は花博があって多くの来訪者があったとのことです。それほど大規模ではありませんでしたが……)、今回は冬、嘘のように人がいませんでした。
城の上から南を見渡したところ。修道院、その向こうの山々を越えてザルツブルクがあるのかしらん。
写真は対岸のオーストリアを眺めたところ。
長い歴史のうち大部分は対岸も公爵領だったそうだ。オーストリアに割譲後、何せザルツァッハ川をはさんでの対峙、時には大きな戦争もあったようだ。城にはザルツァッハ川を血に染めたという凄惨な戦いの記録が絵として飾られていた。
市街
城の下には新市街が広がる。上に見えるのが城である。
日本で姉妹都市になっているところがあったはずだが、どこだかは忘れた。サッカーチームがあるらしく、ググるとその記事ばかりが出てくるようになった。数年前は2件ほどのヒットしかなかったように思う。
オーストリア側から見れば城の様子が分かるが、向こう側には行ったことがない。 Wikipedia を見ればその写真も載っているので、そちらに譲りたい。
残念ながら昔夏に撮ったネガが見つかりませんでしたので、取りあえず撮り増しした分だけにしておきます。
2007.4.24 【追記】
ネガが見つかりましたので若干の写真を追加しました(2008.5.28 城と街の歴史を記載しました)
ライテンハスラッハを追加(2008/04/14) → 「ライテンハスラッハ修道院 : Burghausen」
Comment
音楽は子供の頃ピアノを習わされていたので少しは分かるのですが、文学はサッパリです(-_-;)
下手なドイツ語がもちっとマシになるように少しずつ小説なども読んでいますが、一向に……。
ヨーロッパはここら辺を中心にその近辺しか行ったことがありません。が、オーストリアとドイツは同じドイツ語圏でも文化や精神性が全く違って面白いです。特にここら辺は「飾り気のないまじめな田舎もの、ドイツ」といったところがよく現れている場所だと思います。(バイエルン王国は昔からプロイセンをはじめとするドイツ諸国を相手にしないで、ウィーンを中心としたハプスブルク家にライバル意識があったといいますので、この意味からはまた他のドイツとは違った点があるかもしれません)
イタリアからだとオーストリアを隔ててブレンナー峠という黄金ルートがありますね。途中インスブルックや文字通りのチロル州があり、ひきつづきドイツアルプス(バイエルンアルプス)を越えてドイツ側へ。今は高速道路になっているはずですが、きつそうですね。
いつか通ってみたいルートです。
2007-03-09 09:11 | URL | 仁屋番頭 [ 編集]
ご質問に答えていませんでした。
季節はやっぱり秋!
十月後半には雪になることもありますので、バイクならこの前がよろしいかと。
地中海の陽光にあずかれぬヨーロッパを堪能ください。
2007-03-09 10:53 | URL | 仁屋番頭 [ 編集]
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いいですね、、、この辺は残念ながら行ったことがないのですが、いつか機会を見つけてバイクで訪れたいな、、と前々から思っているところです。季節はやっぱり夏から初秋ですかね?
仁屋番頭さんは音楽から文学までドイツ系はかなり詳しそうですね(^^)
2007-03-09 01:58 | URL | レオナルド [ 編集]