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敦煌 03 莫高窟 その3

長いので2つに分けました
前半はこちらから

2008.01.19

敦煌の城内で


敦煌
Canon AE-1P  New FD 35-70mm F4

外国人は所定の地域以外歩いてはいけないというのが、この当時のこの国でのルール。でも軟禁中でやることもないので、敦煌 2 日目は禁を犯して敦煌の街を散策。散歩くらいしてもいいのが、軟禁という言葉が意味する暗黙の了解。

先ずは城壁都市である。それほど大きくはないが高い塀で囲まれ、迷路のようになっている。
敦煌はシルクロードの交差点、要衝の地である。
月氏やチベットなどともに、この地の覇権は争われている。

迷路のような街を抜けると、外れに市場が拡がっていた。
人々は人民服を着ているが、明らかに漢民族と異なる。ことに敦煌の人たちは砂にまみれるのか、垢だらけの顔をしてこちらを睨む。

ついででいうと、この頃は中国自体、現在と異なり、日本にはない異様な香りがしていた。
外国人が日本に来ると糠味噌臭い、われわれが韓国に行くとキムチ臭さを感じるが、そんな国特有の臭いが、他国にないほど獣臭く強烈なのである。しかも半径 5 mに中国人が近づくと臭さで分かるという位である。

なおこの頃すでに、北京・上海ではそんなことがないらしく、旅先で臭わない中国人に出逢うとそれは両都市のどちらかの人で、彼らもまた地方の人には眉をしかめて、必ず愚痴っていた。

さてその市場で突然、顔に深い皺を刻んだ人々が近寄ってきた。これはまずいと思っても後の祭り、あっという間に取り囲まれた。次の瞬間、お決まりのパターンで、ナイフを突き出された。

万事休すと思ったが、どうやら思うのと少し異なり、そのナイフを買え、ということらしい。
この頃外国の旅行者は、旅行者用の兌換紙幣を持たされ、兌換紙幣でお釣りがもらえるところ以外では買い物はしていけない決まりになっていた。彼らにとっては同じ金額でも、価値が安定し付加要素もある兌換紙幣が人民元より人気があり、それを欲しがる人は山ほどいた。

そのままブスッと刺されてる可能性もあるので、妥当な金額をいうこともあり、仕方なく買うと、しっかり人民元で釣り銭までくれた。 (^_^;) そのお札の汚いこと……。揉みくちゃに疲弊していて、ようやく形を留めているといった感じ。
この人民元は公の店で私たちが使おうとすると拒否された。


馬事未了、驢事到来


よく見ると公衆便所だったんですね。このロバ、そこでお仕事だったようです


さて迷路のような路地を抜けて帰るときに困った事態が起きる。
荷車を引いたロバが、ご主人を待って停留しているのである。


「ロバは曲者」と前に書いたが、ここで理由を話そう。
ロバは馬とは違い、飼い主以外になつかないそうだ。うっかり手を伸ばそうものなら「ガチリッ」、手に食いつかれてしまう。敦煌に到るまで途中何度横をすれ違おうとして、歯をガチガチ鳴らされたことか。

中国は今でも時折ありますが、トイレは扉もなく開放的で、後で待っている人と向かい合わせでペチャクチャ喋りながら用を足します。ことにシルクロードに入りますと、崖っぷちに突きだした台に四角く穴を開けただけのトイレも多かった。
当時の悪い油の中華料理は大体4日目くらいで腹に来る。よくこのトイレを利用したが、下にそれを食するロバが居たときのこと、ロバが穴から顔を覗かせ、ガチガチやる。いつ尻が噛まれるのかと、冷や冷やしたものだった。

この時も、ここを通ろうとすると攻撃態勢に入られてしまう。かといえ、周囲は迷路、来た道以外帰る自信がない。結局、石をロバの後に放り投げ、気を取られているうちに、通り過ぎる原始的方法を簡び、一人一人通り過ぎた。

TV 番組「世界まるごと HOW マッチ」で紹介された、黒い水晶 ? を薄く研いで作ったサングラスやらも購入し(この時すでに生産中止が決まっていた。これを絶対手に入れると意気込んでいた参加者もいたので、滞在が延びたお陰で災い転じて福となった)、宿に戻る。


帰りなん いざ

私たちは、すぐに軟禁を解かれるだろうとの安易な見通しで、ノホホンと時を過ごしていたのだが、どうやら事態は進んでいないようだ。お上のご立腹はとけていない。

夕食で集合したときに、「これは交渉しないといけない事態だ」と腹をくくり、「俺たちを日本に帰せ」の看板を作り、私たちに付き添っている中国観光局の人間では埒が明かないので、諸事判断し決定している上司は飛行場の軍事施設内にいると聞き、空港にデモに行く。
往路 5 日、敦煌見学 1泊 2 日、復路 5 日
当初の予定はたしかそんな行程だったと思う。
5日間かけて来て5日間かけて帰る。中国~日本帰国の飛行機はすでに決まっている。敦煌ですでに予定より1泊オーバー。これで今晩もう1泊を余儀なくされているから、2泊分オーバーは確定。どうしてくれる……。

ということで「では検討する」ということになり、翌朝はやることもないので陽関タクラマカン砂漠を見に行く。

そして私たちの残りの観光コースも大幅に改造され、その予定の通りに行動することを条件に、空港に民間機1機を用意してもらい、ようやく解放してもらうことになった。


この飛行機が、またどっかの国のお下がりで、側板が剥がれていたりリベットが落ちていたり。
ジェット機と違ってプロペラ飛行機は何かあっても滑空できるから……との説明を受けた。

民間機は蘭州まで飛び、そこから寝台車を用意してくれ西安に。西安からは軍用機が桂林まで行くから桂林で民間機に乗り換え広州へ行け。広州から……これで日本行きの旅客機に間に合うだろう、という感じである。


貨物車に寝る


蘭州発の列車に乗るときは、牛などを載せた貨物車のホームで長い時間待たされた。
遠くでポイントがガタンと切り替わり、やおら寝台車がゴトゴト揺られて運ばれてきて「牛の貨物車」に連結された。「エーッ、これに乗るの?」という感じ。
「貨物車に寝る」というのは大袈裟だが、一晩モーッなどの鳴き声とともに過ごす。次の軍用機は給油機らしく、桂林民間機はダブルブッキング。搭乗していた中国人は強制キャンセルという指令が降り、ブーイングの嵐。
帰りは全般を通して私たちはほとんど運ばれる荷物扱いだった。が、帰国してからは好い話のネタになり、面白い経験をしたと思い出深い。

西安は見学できたし、途中再キャンセルさせられた観光地はそれなりの代替え地を見学させてもらったり、中国指折りの酒家巡りに切りかえてくれたり(豚の丸焼きの本家「広州酒家」を始め、ヘビ料理の老舗やらあれこれ行きました)。

その後の中国はグローバルスタンダードの波が押し寄せ、ありきたりの国におさまった現在、当時の風情がとても懐かしく思い起こされる。
当時の中国に留学されていた先輩も、電車の切符一枚買うにも「〝日本は、なんでこんなに何かも便利で、自由なんだ〟と時折腹正しくさえ思うときがある」と語る。そう、人間、少しくらい不自由が丁度良いのではないか……
振り返れば、日本も同じような変遷を辿ってきたのだろうなとも思う。

イスラム諸国が、反欧米を掲げ民主主義化に移行しないのも、一部共感してしまうのです。


どこでしょうかね?




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  1. 2008/01/19(土) 22:13:00|
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コメント

 興味深いですねー自分も中国にはそれなりにいいイメージを持っていたんですけど、北京を訪れてがらがらとそれが崩れていきました、、、ガソリン価格の高騰も北京のあの交通渋滞、増え続ける車を考えれば納得いきます、、、

 トイレの話は、、、自分の奥さんも、観光名所のトイレで絶句していましたから、、、、でもどの国もアメリカナイズされるのは嫌です。是非、また面白い話聞かせてください。
  1. 2008/01/20(日) 18:39:04 |
  2. URL |
  3. レオナルド #-
  4. [ 編集]

レオナルドさん、コメントありがとうございます。

当時も今も、中国三千年の歴史に好意を寄せると、あの国は見事に肩すかしを喰らわせてくれ、肘鉄を入れてくれます。
でも近代国家になりきれていないような「チョイ悪親父」的な中国は、憎めないですよね。

数年前に中国に行ったときは、中国式オープントイレはすでに絶滅していると聞いて出発しましたが、上海のど真ん中に健在で、ホッとしました。(^_^;)
  1. 2008/01/21(月) 21:17:27 |
  2. URL |
  3. 仁屋番頭 #GCA3nAmE
  4. [ 編集]

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