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灼熱の大地 :: Cambodia アンコール・ワットへの道 その1


information
modelCanon EOS 5D Mark II
LenseEF24-105mm f/4L IS USM
SoftwareDPP 4.33


久しぶりの更新。

年始めにカンボジアに行くことになった。ついででアンコール・ワットを見てきた。

大分見るのに制限が設けられてきたので、近い将来立入制限されるところが設けられるのではないかとのことで仲間内で企画されたらしい。仁屋番頭にも声かかったので便乗することにした。自分で企画立案しないお出かけは、楽で楽しい。どちらも同じ漢字なんだなぁ。

早速質問なのだが、子供の頃松本零士の戦場漫画シリーズか手塚治虫の「三ツ目がとおる」の単行本だと思うのだが、単行本のページの穴埋めに、密林のアンコール・ワットかアンコール・トムを舞台にした読み切りを書き下ろし掲載していたのだった。

さて実際に行くとなると、急に又これが読みたくなる。しかし何というコミックの何巻に載っていたのかもはや覚えているわけもなく、ネットで調べても分からない。誰かご存じないだろうか? ストーリーは

何者かに追われ、東南アジアの密林をジープに乗って逃避行していた主人公一行は、見慣れぬ石工文化に迷い込む。そこでつかの間の休息を得たかのように見えたが一悶着がアリ、慌ててジープに乗り込みアクセルをふかすとその密林の街はもう見えない。夢か幻だったのか……。東南アジアには今でもアンコールウンタラという名前の遺跡が密林に眠っているという話しだ。

という感じだったと思う。回答をお待ちしています。



カンボジアは子供の頃に読んだ上記マンガの影響もあるが、その他にカンボジア難民のボランティアに関わったとき、タイ側のクメールの村には行ったが、カンボジアにはとうとう行かずじまいだった。それが心残りのせいもある。

相変わらず、出発の前日に支度を始める仁屋。今回は少し反省して、前もって調べてみたら、「現地は灼熱の大地で秘境巡りのエキスパートも真夏は勘弁!」という土地との記述を見つけた。そこで先ず眼鏡の上から掛けられるオーバーサングラスとやらをネットで注文した。ついででAmazonベーシックのトラベラー三脚を発見。折りたたみ時31cm、重量1.1kgのカーボン三脚で、なんとか私の5D II を支えきり、価格もレス・ザン1ペーパーという超優れもの。ギリギリ出発の前日に届き、現地でも大活躍。

と言うわけで密林のロマン、アンコール・ワットの記録である。

■ アンコール・ワット

メインのアンコール・ワット遺跡は東西1.5Km 南北1.3Km 面積200haに及ぶ巨大な遺跡である。治水感慨に使われた190m の幅を持つ巨大な堀のほか、東西 1 km 離れた地点にそれぞれ、バライという8 km ✕ 3 km もある広さの貯水池を供えている。アンコール・トムやバンデアス・クレイなど名所に行くとき、たびたびこの遺跡を迂回しながら移動した。その割りに外壁を見るだけで、内部の巨大な伽藍群は見えないのだからいかに巨大かその規模が分かろう。



アンコールはクメール語で「都・城」(Skt. nagara 街)、「ワット」は寺院という意味である。直訳すれば「寺院都市」になる。言葉にこめられたニュアンスは「聖なる城」あるいは「ワット城」ほどの理解になるのだろうか。

12世紀前半、アンコール王朝(クメール王朝)が起こって300年に出現し、分裂していた王朝を再び統一したスールヤヴァルマン2世がおよそ30年の年月をかけて建立した。古代インドの世界観/須弥山世界を形にした建築で、敵国だったインドネシアのシャイレーンドラ朝ボロブドゥール遺跡との類似性が認められる。一説にシャイレーンドラ朝が侵略した8世紀頃、捕虜となっていたジャヤヴァルマン2世に比定される人物が逃亡、そしてアンコール朝を開いたという記述がアラビア語資料に遺る。彼のルサンチマンからアンコール遺跡群の建設となったことが相似の理由との話も昔は耳にしたが、今日ではこの説を用いる人はいない。

基本的にヒンドゥー教寺院だが、遺跡が西向きなのは、阿弥陀仏の西方浄土思想の影響とも言われている、西の塔門にはヴィシュヌ神像が祀られている。幾層にも巡らされた回廊には、『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』の各場面のレリーフ、スールヤヴァルマンの進軍の様子が彫り描かれている。レリーフについては後日に託そう。

西塔門のヴィシュヌ神


中央祠堂は、かつてはヴィシュヌ神が本尊だったと伝えられているが、アンコール朝の滅亡(15世紀)後、17世紀には仏教の所管となりブッダ像が安置された。

涅槃像のはずがストックにない? まさかの撮り忘れ。これは帰り道で皆さんがお詣りしていたブッダ像。


遺跡はややマダラ模様である。これはこの遺跡の修復を担当したインドチームが、白い素材を用いて修復したため、多くの再建部分が異なる色になってしまったせいである。それから数十年、ようやく苔などが生え汚れ、多の部分との色の相違が目立たなくなってきたとのことである。

中国が直行便をつなぎ中国人観光客はもとより、韓国人、タイ人観光客の増加もあり、どこに行っても人の波である。ポル・ポト政権崩壊直後から支援にきている先輩の話をうかがうと「以前は、人はほとんどいなかった」とのこと。また同時に「こんなに修復されておらず、これだけ形が分かる遺跡、これだけの量の遺跡を見るのは初めてだ」ということである。どちらがいいかというと「遺跡観光に関しては今までで一番充実し満足している」とのことであった。

日本の催し物会場へ行くプロムナード状態。

Lense: EF70-200mm f/4L IS USM. 気球に乗って写す。






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