
あるということの不思議……
Sony DSC-R1
束の間の幻影に私は世界を見るロシアの詩人:コンスタンチ・バリモント
高層ビルの窓に映った照明です。
宙に浮いているように見えます。私たちの存在もこれと同じようにはかなく、危ういものなのでしょう。
忙しくて更新不行き届き……ご免なさい <(_ _)> です。
雨上がり3ショット
という気分です。



雨上がり3ショット
雨よ降れ 降り注げ
そして夢を呼び起こしておくれ
子供の頃に見た夢を
雨が砂地を泡立てたとき 見た夢をブラームス『雨の歌』
という気分です。



Sony DSC-R1

影は光を待ち望んでいた
光は誘われるように微笑む
Sony DSC-R1

お気に召したらポチッとお願いします

もう止むと思った大風が、まだ冷たい息吹を吹きかけます。
陽ざしは大分明るくなり、桜の開花も昨年より早いそうです。
いつかのように彼岸中に咲くかと思いましたが、さすがにそれは期待しすぎでした。
ボケも取りあえず盛りを過ぎました。どうせまたすぐ咲きますけど。。。

お気に召したらポチッとお願いします

心の音
Sony DSC-R1
processed RAW file by Image Data Converter SR

お気に召したらポチッとお願いします
昔、参禅に通わせていただいたお寺さんの風鐸。
本堂東西南北の軒の下に下がっている。
銅製の重いもので、余程のことがないと鳴らない。
台風が来ているときにようやく鳴るのだ。鈍い音で一声、グァイン!と鳴る。
その音が何とも言えない、静かな気持ちにさせてくれる。
話は少し変わるが、お寺では説法のあるとき、旗を立てるそうだ。
ある時この旗が風に吹かれてバタバタ鳴っている。その下で 2 人の僧が「風が鳴るのか」「旗が鳴るのか」論議をしていた。そこへ中国禅宗の六祖である慧能というお坊さんがやってきた。
風が鳴るのではない、旗が鳴るのでもない、なんじらの心が鳴っているのだ
と言ったそうだ。2 人の僧は解答を得た。
心地よい音、そうでない音。どちらにせよ私の心が求めているものが音に仮託されているのに過ぎないかも知れない。仏教的にいえば煩悩にあたるのであろう。
さて、この風鐸、書家の山崎節堂先生が造らせたものだそうだ。寺号山号の文字を散りばめた絶句を作らせ、絶句の一連一連が4コある風鐸のそれぞれに配当され、先生の字で鋳られている。それはそれは見事である。

お気に召したらポチッとお願いします

心とは 如何なるものをいうならん 墨絵に書きし松風の音 夢窓
火のはいった炉
一丈四方の空間
釜がシュンシュンと 松風の音をかなでる
日は高けれどもなお寒い
Sony DSC-R1
ISO : 160
WB : 曇
F4.0AE
露出補正 : -0.7
モード : Standard
彩度 : +
焦点距離as35mm : 67mm

お気に召したらポチッとお願いします
最近、どのカテゴリーにも分類できない記事(写真)が増えてきたので、カテゴリーを増設することにしました。
die Vorstellung は「表象」という意味です。
心に浮かんだ心象風景程度の意味にとっていただければ幸いです。
これにともない目についた過去記事を分類し直しました。

お気に召したらポチッとお願いします

雪 冴えて……
時は氷る
Sony DSC-R1
トーンカーブ調整

お気に召したらポチッとお願いします
人間は境界線を引きたがる生き物だと思います。
自分と他人を区別するために、自分を護るために。。。etc
そうしないと生きていけないから仕方ないのかもしれません。
カメラは白銀一色の画面に、ピントをあわせた個所で境界線のようなものが引けます。何のために引くのか、と言われれば、そういうこともできて面白いからかな。。。
理由の相違が、根本的相違でしょうか。

お気に召したらポチッとお願いします

木々は葉を落とし
空は帳をおろし
世界が灰色になる頃
万物は眠りはじめる
みんなの眠りを見て
ほんのり頬に紅さした 秋薔薇がやさしく微笑む
空が雲に覆われ
世界が白銀につつまれる頃
薔薇も眠る
知らずに手折ったその枝に
奮えるつぼみが 夢を膨らませていた
DiMAGE A200
WB: 昼光
f3.5-AE
1/400
露出補正: -1.7補正
彩度: +3

お気に召したらポチッとお願いします






