Aerial Space

 Digital[な]空間 ― 移ろいゆく現象世界に歩みをとどめつつ

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鳴沙余韻 : ラクダにのってはるばると



information
modelCanon AE-1P
Lenses New FD 35-70mm F4
New FD 50mm F1.2
New FD 300mm F5.6
New FD 28mm F2.8
FilmFuji ASA100 : Nega


敦煌のエントリに興味を持ってくれた人がけっこういる。
そんなたいしたことは書いた憶えはなく、「これだけは忘れられない!」という部分を中心に、おぼろげな記憶を当時のアルバムと旅券をたよりにたどったものだから、冷や汗ものだ。

でも今と違って当時の旅行はそこに書いたようなことは当たり前のことだった。

「どれどれ」と思って読みかえしてみると、鳴沙山が遠景だけで、たどり着いた時の写真と記述がどこにもないことに気づく。
「そうそう、これはこれで1つのテーマだよ」と思って、別エントリーを考えていたのに、いつものようにコロリと忘れていた。

フィルムのスキャンが大変なので億劫がっていたのが根本の原因としてあるわけだが。



夜八時をまわり、夕食もすんで鳴沙山・月牙泉にむかう。
中国は東の首都部にあわせた統一時刻を採用しているため、西は夜でもまだ日が落ちないのだ。


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  1. 2008/12/12(金) 20:11:47|
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敦煌 03 莫高窟 その3

長いので2つに分けました
前半はこちらから

2008.01.19

敦煌の城内で


敦煌
Canon AE-1P  New FD 35-70mm F4

外国人は所定の地域以外歩いてはいけないというのが、この当時のこの国でのルール。でも軟禁中でやることもないので、敦煌 2 日目は禁を犯して敦煌の街を散策。散歩くらいしてもいいのが、軟禁という言葉が意味する暗黙の了解。

先ずは城壁都市である。それほど大きくはないが高い塀で囲まれ、迷路のようになっている。
敦煌はシルクロードの交差点、要衝の地である。
月氏やチベットなどともに、この地の覇権は争われている。

迷路のような街を抜けると、外れに市場が拡がっていた。
人々は人民服を着ているが、明らかに漢民族と異なる。ことに敦煌の人たちは砂にまみれるのか、垢だらけの顔をしてこちらを睨む。

ついででいうと、この頃は中国自体、現在と異なり、日本にはない異様な香りがしていた。
外国人が日本に来ると糠味噌臭い、われわれが韓国に行くとキムチ臭さを感じるが、そんな国特有の臭いが、他国にないほど獣臭く強烈なのである。しかも半径 5 mに中国人が近づくと臭さで分かるという位である。

なおこの頃すでに、北京・上海ではそんなことがないらしく、旅先で臭わない中国人に出逢うとそれは両都市のどちらかの人で、彼らもまた地方の人には眉をしかめて、必ず愚痴っていた。

さてその市場で突然、顔に深い皺を刻んだ人々が近寄ってきた。これはまずいと思っても後の祭り、あっという間に取り囲まれた。次の瞬間、お決まりのパターンで、ナイフを突き出された。

万事休すと思ったが、どうやら思うのと少し異なり、そのナイフを買え、ということらしい。
この頃外国の旅行者は、旅行者用の兌換紙幣を持たされ、兌換紙幣でお釣りがもらえるところ以外では買い物はしていけない決まりになっていた。彼らにとっては同じ金額でも、価値が安定し付加要素もある兌換紙幣が人民元より人気があり、それを欲しがる人は山ほどいた。

そのままブスッと刺されてる可能性もあるので、妥当な金額をいうこともあり、仕方なく買うと、しっかり人民元で釣り銭までくれた。 (^_^;) そのお札の汚いこと……。揉みくちゃに疲弊していて、ようやく形を留めているといった感じ。
この人民元は公の店で私たちが使おうとすると拒否された。


馬事未了、驢事到来


よく見ると公衆便所だったんですね。このロバ、そこでお仕事だったようです


さて迷路のような路地を抜けて帰るときに困った事態が起きる。
荷車を引いたロバが、ご主人を待って停留しているのである。

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  1. 2008/01/19(土) 22:13:00|
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敦煌 02 莫高窟 その2

その1はここからも……


敦煌 : 莫高窟
Canon AE-1P
New FD 35-70mm F4  New FD 50mm F1.2
New FD 300mm F5.6  New FD 28mm F2.8

敦煌の賓館

敦煌の賓館(ホテル)では東京大学の某教授たち少人数の個人グループと同宿だった。
いやぁ、先生もですか!
という声が交わされている。実はこのことが事件の背景にある。莫高窟千仏洞の見学は、日が違ってはいた。




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  1. 2008/01/18(金) 18:21:42|
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敦煌 01 莫高窟 その1


Canon AE-1P
New FD 35-70mm F4 New FD 50mm F1.2
New FD 300mm F5.6  New FD 28mm F2.8
もはや何をどれで撮ったか分からない。Top はとりあえず300mmかな?

『鳴沙余韻』でお馴染みの、敦煌:鳴沙山

昨日の新聞に、敦煌莫高窟(ばっこうくつ)千仏洞の壁画に印刷物があるのが発見されたと報道された。
印刷といっても、贋作とかの意味ではなく、天井部分の手の届かない部分などは当時の職人達が智慧を凝らし、印刷して貼り付ける技法を用いたとのこと。そのほか葦のペンで描いた「ペン画」も発見されたとのこと。
こうした技法は他国にはあることのようだが、中国国内では初めて発見されたという。



敦煌は学生時代に行った。
古い話である。

当時、NHK でシルクロードを放映、日中国交回復後、西域(さいいき)旅行がブームになったころである。

大学生だった仁屋番頭、学食で同席する他学科の友人が、彼らの分野の先生たちが、やや遅れてようやく解放になった敦煌に一番乗りしようという計画を立て彼ら自身も参加するという話しをされて、興味を持った次第。
分野的には重なる点があり、旅行に参加させてもらった。

旅行は大学の長き夏休みの終わり、9月の初旬である。
中国では夏の終わりの寂寥感もあり、秋も感じさせる季節だったと記憶している。
途中ゴビ砂漠敦煌などは、陽が落ちると零下になっていた。


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  1. 2008/01/16(水) 16:41:51|
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羊頭狗肉


Canon AE-1P
new FD 35-70mm f4
20ン年前の香港。まだ英国領だった。


賞味期限切れ、廃棄食材利用のコロッケが問題となっていたと思ったら、次は抗菌剤入りのウナギが中国から。それでは済まず、ダンボールでできた小籠包が売られていたという。

ここ数日忙しかったのでニュースも細かにチェックしておらず、「ダンボールの……」というのが来客の口から出るたびになにかの冗談かと思っていた。

「いや、本当の話だよ」と仲間内から教わって「食べてみたい!」ではなくて、「ビックリ!」。

遅ればせながら昨晩の深夜ニュースを見ていると、中国政府(国家品質監督検査検疫総局)がHP上で一覧を作り注意を呼びかけている。その品種たるや小籠包どころの話ではない、有機化学物質を使った着色食料などものすごい数である。


new FD 28mm f2.8
大破して今は亡きレンズ。さほど使用した記憶はないが、結構これでいろいろ撮ったみたい。
思えばこの旅行に行くのに新調したものだったか。あらためて見ると歪みが目立つ


食糧自給率10%の香港は、食材を中国大陸に依存している。その香港市民へのインタビューが面白い。「当たり前」「そんなことはいつものことよ」と目くじらを立てていたら生きていけない、という雰囲気。香港市民はすでにこの問題に向き合って20年になるという。一向に改善されない所が中央集権(周辺捨象)巨大国家:中国らしい。

そして調理前の下ごしらえは入念にする習慣が広まっているとのこと。野菜は必ず(塩)水に3時間浸し、煮沸し……。スーパーに行くと中国産野菜の残留農薬を落とす「洗剤」が製品化され棚に並べられている。そんな「洗剤」を使う方が人体に悪影響があるような気がするのだが愛用者があるらしい。

また食の安全を確保するために脱サラして、自給自足の生活に入った人もあり。自分用の食料を作るだけで職場に出てる暇がないためだそうだ。

羊頭狗肉」の成語が思い出されるが、中国の史書にある程度親しみがある仁屋番頭、似たような話は五万とある。なんでもアリの国だから、さもありなん。驚くというより、半ば呆れながらつつもさすが中国三千年の歴史、近代化されてもその精神は変わらない、と妙に納得してしまう。

四書五経を頂点とする――人間洞察に秀でた――漢籍の真理性を再認識してしまっている次第である。そしてそして、山羊の糞から抗ガン剤をつくる、とか、紙飛行機素材で月まで行く方法の開発など、中国人ならもっと凄いことができるのではないかと、人類の未来をかけた叡智を中国人に期待してしまうのである。

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  1. 2007/07/15(日) 21:11:54|
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アユタヤ : Ayutthaya (タイ)

06_0227_01.jpg

ブログ・カテゴリーの「街の情景」というテーマからは、サワイと題するべきであろうが、なんとなくアユタヤの響きに惹かれて題してみた。内容はあまり関係ないかも知れない。

数年前、ボランティアでタイとカンボジアの国境沿いのバンサワイという村に連れていってもらった。(バンは村の意味)
SVAというボランティア団体に参加してのこと。(ほとんど参加しないのであまり偉そうなことは言えないけれど)

日本のエビ養殖場によるマングローブ樹林の枯死、砂漠化、棄捨民のスラム化……
カンボジア難民の救済から始まった事業は、その後は教育支援を中心に、難民救済・災害救護、文化の保存と再伝搬など、東南アジアの社会救済に尽くしている。

首都バンコク

バンコクは発展したが、急速な近代化の影に、行政に見落とされた地方の人々が苦しむ。
これらの人々は戸籍から漏れ、国籍もない棄捨民になっている。近代化の象徴であるビル群の谷間に、点在する漆黒の闇が見てとれる。

06_0227_02.jpg

われわれが行ったのは2月。
熱帯地方でもこの季節は夜ともなると冷え込みは厳しい。

バンコクから夜明けの電車に乗り、遠く電車に揺られ、お昼頃に象祭で有名なスリンで降車。

常夏の国の初秋にあたるのだろうか。道中、日本風にいえば、残暑がやや残った時分の秋の気配さえ感じられる。

時折、ジッ、ジッと、鳴きおくれのセミの声が、にわかにこの地を踏んだ遠来の客に、夏もすでに過ぎたことを告げてくれる。

06_0227_03.jpg


象の村:スリン

象祭で有名なスリンも、現在象はあまりいないそうだ。写真は観光用に常駐しているもの。開発の影響で象も少なくなり、象使いたちは近隣諸国に出稼ぎをする。祭の時には帰ってくるらしい。

スリンからは現地事務所のお迎えの車でさらに東を目指した。

到着したバンサワイでは開発僧(かいほつそう)と呼ばれる地元のお坊さんが直接指揮をとり、ボランティア団体はカウンターパートナーとして支援をしていた。事務所のほか、下の写真のお寺が私たちの本拠地だった。

06_0227_04.jpg

この国では黄衣を身にまとった僧に、いたるところで出逢う。
時には街角で、時には遺跡で。托鉢をしていたり、散歩をしていたり……

06_0227_10.jpg

以上、フジフィルム”写ルンです”
一番下のみ反射原稿から



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  1. 2006/02/27(月) 18:19:18|
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